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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

文献紹介『異端、芸術家、そして悪魔たち―金細工師ダヴィット・アルテンシュテッターの世界』

Bernd Roeck, Ketzer, Künstler und Dämonen. Die Welten des Goldschmieds David Altenstetter. Eine Geschichte aus der Renaissance, C.H.Beck, München 2009.

チューリヒ大学のベルント・レック教授による最新作です。レック教授はそのルネサンス研究で有名ですが、もともとは近世、とくに30年戦争期の都市アウクスブルクに関する社会史的な研究で博士号および教授資格を取得されています。その後は、ルネサンス研究や建築・芸術史、あるいは都市日常生活史など、さまざまな分野でご活躍されています。日本語でもアウトサイダーに関する著作が翻訳されていますので、そちらでご存知の方も多いかもしれません。

ベルント・レック著、中谷博幸/山中淑江訳 『歴史のアウトサイダー』昭和堂、2001年

本書の主人公ダヴィット・アルテンシュテッターは、16世紀後半から17世紀初頭にかけて帝国都市アウクスブルクに生きた金細工師です。そんじゃそこらの金細工師ではなく、1610年頃には神聖ローマ皇帝ルードルフ2世から帝室金細工師(Kammergoldschmied)の称号をもらうなど、まさに当時を代表する芸術家としてその名を残しています。彼の作品は、現在でもインターネットのオークションにかけられることもあるようです。またアルテンシュテッターは、金細工師ツンフトの代表を数度にわたって務めるなど、アウクスブルク市内においても名誉ある地位を築きあげることに成功しています。しかし、この時代に特徴的なことかもしれませんが、このような経歴は彼の持つ横顔のひとつの側面でしかありません。

「教会へ行く代わりに、彼は夜中に秘密の集会のために市外の森の中へと入っていく…」

1598年、アウクスブルク市参事会はアルテンシュテッターから「信仰に関する疑惑」について事情を聴取するために彼を捕えます。都市当局は再洗礼派(Täufer)のにおいを彼の中に嗅ぎつけたのです。聴取の過程で、アルテンシュテッターは有名な神秘思想主義者カスパル・シュヴェンクフェルト(Caspar Schwenckfeld, 1489/90-1561)への傾倒をみずから明らかにしていくのですが…。(後記:この部分は、ぼくの読み違いでした。シュヴェンクフェルトへの傾倒を供述したのは、アルテンシュテッターではなくて、彼と同時に尋問を受けることになった、彼の友人で毛布工のマルティン・キューンレ(Martin Küenle)でした。ごめんなさい(2009年11月8日))

と、すこぶる面白そうです。

レック教授は、参事会議事録や尋問調書、市税徴収帳簿などの未刊行史料や年代記などの叙述史料を駆使しながらアルテンシュテッターの人物像を再構築し、当時の社会とのかかわりなども踏まえて、まさに彼を取り囲む世界ごとまとめて描き上げようと試みています。文章も、一般に読まれることを前提とされてまして、ひじょうに魅力的なものとなっています。とは言っても、まだ読みはじめたばかりですので、印象としてということですが…。また読み終わったら、詳しくご紹介したいと思います。

ちなみに、レック教授には『アウクスブルクの歴史』という、アウクスブルクの古代から現代までの歴史を通史的に描いた著作もありまして、都市アウクスブルクの歴史の概略を知りたいという方には、現在もっともおてごろなハンドブックとなっております。

Bernd Roeck, Geschichte Augsburgs, C.H.Beck, München 2005.
by schembart | 2009-10-26 03:48 | 文献紹介