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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

「泥の河」

宮本輝 「泥の河」 『宮本輝全短篇 上』 集英社、2007年

久しぶりに研究以外の読書です。とはいっても、中編ひとつだけですが。

「泥の河」は、宮本さんのデビュー作です。第13回太宰治賞を受賞した作品で、「蛍川」「道頓堀川」とともに宮本さんの初期の作品を代表する「川三部作」としても有名です。「泥の河」に引っ越してきた「舟の家」の母子と、八つの主人公・信雄との交友を描いた作品です。うまく表現は出来ませんが、数多くある宮本中短編のなかでも秀逸の作品だと思います。

ぼくが宮本さんの本を読みはじめたのには、ちゃんとしたきっかけがあります。高校3年生のとき、学園祭での催し物(3年生のクラスはみんなが演劇をすることになっていたのです)の題材を決める際に、当時のクラスの担任であった国語の先生が、宮本さんの「星々の悲しみ」という中編をぼくに手渡してくれました。結局、「星々の悲しみ」が演劇の題材となることはありませんでしたが、その読書経験はぼくにとってはとても大切なものとしてずっと心に残っています。放課後、教室の片隅でその中編を読み終えたとき、とっても不思議な気分がしました。何と言えばいいのか、自分がこの作品と出会う前の自分とはまったく違う存在になってしまったかのように感じたのです。見えてる風景が、ほんの少しだけ、その雰囲気を変えてしまったかのような感じです。

18歳のときです。今からもう10年も前のことになります。

それ以来、とにかく宮本さんの小説ばかりを読むという時期がつづきました。大学1年生のころには、そのころに刊行されていたほとんどすべての短編・長編小説、それにエッセイまで読みつくしました。ひたすらに宮本さんの小説世界に浸っていたのです。大学2年生ころからか、これまた宮本さんを紹介してくれた国語の先生から教えてもらった、村上春樹やポール・オースターや池澤夏樹などにも手を出すようになりまして、とくに村上さんの小説にはこれまた(今でも)どっぷりとはまってしまいますが、なんといってもそれまでは宮本さんだったのです。

ぼくに小説の深さと哀しみ(人間の深さと哀しみ)を教えてくれたのは、宮本さんの作品だったのです。『全短篇』の帯には、宮本さんの次のような言葉が掲載されています。

「小説を書き始めた二十七歳のときから、過剰な文学的表現というものを嫌悪する傾向にあったので、「水だと思って飲んだら血だった」と感じさせるような小説を書きたいと願いつづけてきた」

あのころのぼくは宮本さんの小説を読むことで、いろいろなひとたちの血を飲んでいたのです。

宮本さんは27歳で小説を書き始めたのですね。ちなみに「泥の河」は、宮本さんが30歳のときに発表した作品です。いまのぼくと同世代ではないですか。宮本さんが28歳のころに自分と向き合ったのと同じような覚悟で、ぼくはいまの自分と向き合えているのだろうか。なんて、そんなことを思いながら、ひさしぶりに「泥の河」を読み終えました。宮本さんの初期の作品には、どくとくの雰囲気があります。死の陰というか、なんとも言えない哀しさがどうしようもなくこびりついているように思います。

あんまりゆっくりと小説を読む時間はないだろうと知りつつも、宮本さんの「流転の海」シリーズ(これはまだ未読なのです)と『全短篇』だけはと思い、ほかの研究書(あとは村上さんの小説も…)と一緒に実家から送ってもらいました。長い「流転の海」シリーズに手を出す勇気はまだないですが、暇を見つけては『全短篇』を読み返していきたいなと思います。
by schembart | 2009-12-01 05:26 | 読書