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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

文献紹介『天の采配により』

Manfred Jakubowski-Tiessen/Hartmut Lehmann (hrsg.), Um Himmels Willen. Religion in Katastrophenzeiten, Göttingen 2003.
『天の采配により:大災害時の信仰』

2003年に刊行された災害史の論文集です。編者のヤクボフスキー=ティーゼン(読み方あってますか?)は、本書刊行時はマックス・プランク歴史研究所の教授でしたが、現在はゲッティンゲン大学の近世史の教授をされています。こちら。災害史研究では、ヨーロッパを代表する研究者です。もう一人の編者ハルトムート・レーマンはマックス・プランク歴史研究所の元所長でゲッティンゲン大学の名誉教授です。主要業績は、たとえばこちら

本書では、14世紀から19世紀までに起こった大災害(Katastrophen)を対象とし、とりわけそこで宗教・信仰がどのような機能を果たしたのか、そしてその機能が時代とともにどのように変容していったのか、という問題が扱われます。各論文の対象は、ペストなどの疫病から、地震、洪水などの自然災害、都市における火事、あるいは戦争や飢餓に至るまで、多岐にわたります。以下が目次です。

Manfred Jakubowski-Tiessen/Hartmut Lehmann
Religion in Katastrophenzeiten: Zur Einführung.
「大災害時の信仰:導入」

Heinrich Dormeier
Pestepidemien und Frömmigkeitsformen in Italien und Deutschland (14.-16. Jahrhundert).
「イタリアとドイツにおけるペストと敬虔のさまざまな形(14-16世紀)」

Wolfgang Behringer
Die Krise von 1570. Ein Beitrag zur Krisengeschichte der Neuzeit.
「1570年の危機:近代の危機をめぐる歴史学へのひとつの寄与」


Martin Sallmann
"Innerlichkeit" und "Öffentlichkeit" von Religion. Der Fast- und Bettag von 1620 in Basel als offizielle religiöse Bewältigung der Kriegsbedrohung.
「信仰の"内面性"と"公共性":1620年バーゼルの断食と祈祷、公的な信仰による戦争への脅威の克服」

Manfred Jakubowski-Tiessen
"Erschreckliche und unerhörte Wasserflut". Wahrnehmung und Deutung der Flutkatastrophe von 1634.
「"前代未聞の恐ろしい大洪水":1634年の洪水災害の認識と意味」

Marie Luisa Allemeyer
"Daß es wohl recht ein Feuer vom Herrn zu nennen gewesen...". Zur Wahrnehmung, Deutung und Verarbeitung von Stadtbränden in norddeutschen Schriften des 17. Jahrhunderts.
「"まさに火は主と呼ばれるに相応しい…":17世紀北ドイツの著作における都市火災の認識、意味、そして加工」

Rienk Vermij
Erschütterung und Bewältigung. Erdbebenkatastrophen in der Frühen Neuzeit.
「震撼と克服:近世の地震災害」

Ulrich Löffler
"Erbauliche Trümmerstadt"? Das Erdbeben von 1755 und die Horizonte seiner Deutung im Protestantismus des 18. Jahrhunderts.
「"敬虔なる瓦礫の都市"?:1755年の地震と18世紀プロテスタント教会におけるその意味の地平」

Andreas Gestrich
Religion in der Hungerkrise von 1816/1817.
「1816/1817年の危機における信仰」

Wolfgang Behringer
"Ettlich Hundert Herrlicher und Schöner Carmina oder gedicht/ von der langwirigen schweren gewesten Teurung/ grossen Hungersnot/ und allerley zuvor unerhörten Grausamen Straffen/ und Plagen". -- Zwei Krisengedichte.
「"数百の壮大で美麗なカルミナ、あるいは詩/長引く深刻な価格高騰/甚大な飢餓/さまざまな前代未聞の残酷な罰と/災いについて":二つの危機の詩」

どの論文も興味深そうなものばかりですが、とくにベーリンガー先生の最後の論文はアウクスブルクの史料を使われているので、ぼくの研究にも関わってきそうです。また面白い論考がありましたら、改めてご紹介いたします。

日本では災害史研究は活発で、その成果は新書などの一般書でもおおく読むことができるほどです。それに比べると、(日本の)西洋史学界では、それほどヨーロッパの研究状況の紹介もされておりませんし、個別的な実証研究もまだまだ行われていないように思います。日本語で読めるものとして、すぐに思いつくのは、次の二つくらい(ほかに何かあったらぜひお教えいただければ幸いです)。

甚野尚志「災害を前にした人間」甚野尚志/堀越宏一編『中世ヨーロッパを生きる』東京大学出版会、2004年

大黒俊二「歴史地震学と歴史学--P・アルビーニ氏の研究を手がかりに(地震学と歴史学の接点をさぐる--環境史の視点から)」『歴史科学』187(2007), 13-19頁

甚野先生のものは、中世ヨーロッパの説教集を史料にして論じられたもので、入門として最適です。大黒先生のものは、 歴史地震学の可能性と限界を論じるもので、とても示唆に富みます。大黒俊二「環境史と歴史教育--究明、貢献、退屈 (特集/環境史の可能性)」(『歴史評論 』650(2004), 2-9頁)と合わせて読むとなおのこと。環境史や災害史は、とても興味深いテーマではありますが、なかなか簡単には手を出しづらい分野でもあるのです。ぼくは勝手に「環境史学のパラドクス」と呼んでいますが、どうにかできないものかと頭を悩ませております。ただ、やることは決まっていて、まずは史料を読むこと、これが一番の(とっても長い)近道であることに違いはないと思っています。
by schembart | 2009-12-04 04:48 | 文献紹介