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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

文献紹介『家なき家政』

Valentin Groebner: Ökonomie ohne Haus. Zum Wirtschaften armer Leute in Nürnberg am Ende des 15. Jahrhunderts, Göttingen 1993.
『家なき家政:15世紀末ニュルンベルクにおける貧しい人々の家政の切り盛り』

saisenreihaさんがまとめられた「貧困の歴史についてのあれこれ」の議論に刺激を受けたので、ぼくも関連する文献をご紹介いたします。まだぱらぱらとしか読んでいないのですが…。

著者のヴァレンティン・グレーブナー氏は、現在ルツェルン大学歴史学部の中世史・ルネサンス史の教授です。身分証明書の歴史や異形の歴史など、興味深そうな著作をたくさん発表されていますが、残念ながらぼくはまだ読んだことがありません。

そんなグレーブナー氏の博士論文が、今回ご紹介いたします本書『家なき家政』です。中世末期ニュルンベルクにおける貧しい人々の家政経済に関する実証的な研究です。16世紀に活発化する都市政府による貧民救済政策に留まらず、その家政のやりくりに注目して貧民の生活世界をも明らかにしようとする意欲的な作品でもあります。序論で次のように述べております。

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(ニュルンベルクの豊富な史料により)わたしたちは視点を切り替えることのできる状況にある。つまり、都市の下層民をただ都市政府(お上)による政策、福祉、規律化あるいは排除化の対象としてのみ考察するのではなく、家政のやりくりに関する独自の考えと実践方法を身に付けた消費者および賃金労働者として彼らを取り扱うことが可能なのだ。中世後期の大都市においては、ただひとつではなく、数多くの「いくつもの心性("Mentalitäten")」が存在した。そしてそれ〔いくつもの心性〕は、相互に、そしておそらくは重なり合いながら機能していたのだ。

Groebner, Ökonomie ohne Haus, S. 21.
*************

saisenreihaさんも仰るように、中近世ヨーロッパ史では都市政府による貧民救済に関する研究はたくさんあります。例えば、アウクスブルクの貧民救済政策を扱ったクラーゼンの論考などは、その一例です。ぼく自身も、都市の森林政策とその木材供給に関する博士論文のなかで、都市政府による貧民への木材供与政策をひとつのトピックとして取り上げたいと考えているところです。さて、もうひとつ次元を深めようというグレーブナーの試みはどういったものかと言いますと、以下がその目次になります。

1. Einleitung 「導入」
1.1. Wessen Ökonomie? 「誰の家政?」
1.2. Quellen 「史料」

2. Geld 「お金」
2.1. Silbernes schwarzes Geld 「黒い銀貨」
2.2. Sichtbare und unsichtbare Gulden 「目に見える金貨と目に見えない金貨」
2.3. Wechselverhältnisse, Wechselgewinne 「手形関係、手形収益」
2.4. Pös gelt悪いお金
2.5. Schwankende Recheneinheit Geld 「揺れ動くお金の計算単位」

3. Lebensmittelpreise 「生活必需品価格」
3.1. Silber und Roggen 「銀とライ麦」
3.2. Preisbewegungen 「価格の変動」
3.3. Brotkaufkraft 「パンの購買能力」
3.4. Norm und Betrug 「規範と欺瞞」
3.5. Wein, Bier und Schmalz 「葡萄酒、ビール、食用油脂」
3.6. Spielregeln auf dem Markt 「市場でのルール」

4. Arbeitsverhältnisse 「労働条件」
4.1. Arm hantwerckleut貧しき手工業者
4.2. Nürnberger Bauhandwerker 「ニュルンベルクの建築労働者」
4.3. Städtische Dienstleute 「都市役人」
4.4. Essen und Wein als Lohn 「賃金としての食事と葡萄酒」
4.5. Stoffe und Kleider als Lohn 「賃金としての生地と衣類」
4.6. Eine ungewohnte Ökonomie 「不慣れな家政」

5. Prämien 「報奨」
5.1. Leitkauf und Liebung 「手打ち金と贈り物」
5.2. Verbindungsgeschenke 「縁故の贈り物」
5.3. Mahlzeiten und Rückversicherungen 「会食と念入りな保険」
5.4. Verbote und Verpflichtungen 「禁止事項と義務」

6. Sachwerte und Schulden 「値が張る品物と借金」
6.1. Kostbares Material「お金のかかる材料」
6.2. Schulden und Schuldbücher 「借金と借金帳簿」
6.3. Schulden und Pfänder 「借金と抵当」
6.4. Sachverständige der Pfänderwirtschaft: Die Fürkeuflin 「抵当やりくりの専門家:先買人
6.5. Das Ende der Schulden: Pfändung und Turm 「借金の結末:差し押さえと拘留所」

7. Vermögen 「財産」
7.1. Sachen und Wertsachen 「手持ち品と貴重品」
7.2. Kleider als Geld, Geld in Kleidern 「お金としての衣服、衣服のなかのお金」
7.3. Zinn oder Silber 「錫あるいは銀」
7.4. Das Bett und sein Preis 「寝具とその価格」
7.5. These are the Riches of the Poor: Reserven, Sicherheiten und Investitionen 「貧者の金持ち:相互契約、担保、投資」

8. Fazit 「結論」

(文献表、索引、節の題目は省略)

当時の貧民の姿を捉えるというのはとても困難な作業でありますし、恥ずかしながら、まだぱらぱらとしか読んでいないので、グレーブナー氏の試みがどれほど成功しているかを評価することは今のぼくにはできません。ただ一次史料に基づいた綿密な研究であることははっきりしています。家政経済に限った研究なので、ここから「下層民の心性」を云々するのも難しそうな気がします。ともあれ、読んでみないことには何も言えません…。また何か面白いことが分かりましたら改めてご紹介したいなと思います。ちなみにぼくの関心事である木材のことも、ほんのちょっぴりだけ触れられていました。
by schembart | 2010-01-28 05:02 | 文献紹介