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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

文献紹介『数世代にわたる森林』

Martin Stuber, Wälder für Generationen. Konzeptionen der Nachhaltigkeit im Kanton Bern (1750-1880), Köln 2008.
マルティン・シュテューバー『数世代にわたる森林:ベルン邦における持続性の構想(1750-1880年)』

ベーラウ社(Böhlau Verlag)の学術書シリーズ「環境史研究(Umwelthistorische Forschungen)」の第3巻として刊行された本書は、ベルン大学に提出された博士論文(1996年)が下敷きとなっているようです。著者のシュテューバー氏は、ベルン大学の研究プロジェクト(スイス学術基金)「有益な学知、自然の習得、ポリティーク:ヨーロッパの中のベルン経済社会(1750-1850年)(Nützliche Wissenschaft, Naturaneignung und Politik – Die Oekonomische Gesellschaft Bern im europäischen Kontext (1750-1850))」の企画運営を務めています。

本書は、18~19世紀スイスのベルン邦を事例に、とくに「森林の持続性」をめぐる言説の分析を通じて、巷でよく耳にする「持続(可能)性」という概念の歴史的な生成過程を描き出します。ぼく自身の専門とする時代も、また分析方法も異なるものの、近年の環境史研究の成果を存分に生かした森林史ということで、簡単ながらご紹介したいと思います。以下が目次(節の題目は省略)。

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Vorwort
はじめに

1. Forschungskontext und Untersuchungsprofil
 研究の文脈と横顔
1.1 Nachhaltige Entwicklung
   持続的な発展
1.2 Geschichte der forstlichen Nachhaltigkeit i.e.S.
   森林の持続性(狭義)の歴史
1.3 Neuere Entwicklungen in der Forstgeschichte
   森林史における新たな動向
1.4 Historische Nachhaltigkeit und Politische Ökonomie
   歴史的な持続性と政治経済
1.5 Quellenkorpus und Fragestellung
   史料と問題提起

2. Das Holzversorgungssystem im Bernischen Ancien Régime
 アンシャン・レジーム期ベルンの木材供給システム
2.1 Waldeigentumsverfassung
   森林所有の制度
2.2 Versorgung der Stadt Bern
   都市ベルンの木材供給
2.3 Versorgung der Territoriums
   支配領域の木材供給
2.4 Holzkammer als Steuerungsinstanz
   管理機関としてのホルツカンマー(木材官房)

3. Die Nachhaltigkeitskonzeption der ökonomischen Patrioten
 経済を論じる愛国主義者たちの持続性構想
3.1 Festhalten am institutionell gesteuerten Versorgungssystem
   制度的に管理された供給システムへの固執
3.2 Gewerbliche Grossverbraucher
   (木材を)大量消費する生業
3.3 Kameralistisch fundierte Reform von oben
   重商主義に基づいた上からの改革
3.4 Ökonomisch-patriotische Forstwirtschaft und Nachhaltigkeit i.e.S.
   経済学的・愛国主義的な林業と狭義の持続性
3.5 Beschränke Umsetzung der Forstreform
   森林改革の限定された実行
3.6 Holzsparstrategien
   木材節約戦略

4. Die Nachhaltigkeitskonzeption der Liberalen
 自由主義者の持続性構想
4.1 Marktwirtschaftlich gesteuertes Erwerbssystem
   市場経済にまかせた収益システム
4.2 'Agroforestry'-Strategie von Karl Kasthofer
   カール・カストホーファーの「アグロフォレストリー」戦略
4.3 Kasthofers Forstwirtschaft und die Nachhaltigkeit i.e.S.
   カストホーファーの林業と狭義の持続性
4.4 Die gescheiterte 'Forstrevolution'
   失敗した「森林革命」

5. Die Nachhaltigkeitskonzeption im Zeichen des Naturhaushalts
 自然の家政(という考え)に影響を受けた持続性構想
5.1 Naturphilosophischer Paradigmenwechsel und neue Wahrnehmung
   自然哲学におけるパラダイム転換と新たな認識
5.2 Entdeckung der 'Alpenplage'
   「アルプスの天罰」の発見
5.3 Kritik am liberalen System
   自由主義システムへの批判
5.4 Nachhaltigkeit i.e.S. im Zeichen des Naturhaushalts
   自然の家政(という考え)に基づいた持続性構想
5.5 Politische Umsetzung
   政策上の実行

6. Fazit
 まとめ
6.1 Rückbindung an die Fragestellung
   もういちど問題提起へ
6.2 Bezüge zur aktuellen Nachhaltigkeitsdebatte
   今日の持続性をめぐる議論へ
6.3 Ausblick
   展望
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1章では、まず近年の「持続可能性(持続的な発展)」をめぐる議論と歴史学における森林をめぐる研究状況を整理し、本書の問題提起と研究視角を明確にします。分析方法としては、1750年から1880年までを、それぞれ「1.経済を論じる愛国者たちの持続性構想(およそ1760年以降)」、「2.自由主義者の持続性構想(およそ1800年以降)」、「3.自然の家政(という考え)に基づいた持続性構想(およそ1850年以降)」という3期に分類し、それぞれ代表的な論客たちの森林の持続性をめぐる言説を取り上げることが明言されます。

2章は、その言説分析のための前提として、ベルン邦における森林所有のありかたと都市ベルンおよびその支配領域における木材供給のありかたを解説します。16~18世紀の森林管理と都市の木材供給が概説的に説明されているので、ぼく自身にとっては、じつは本章がいちばん参考になりました。1713年に設立された木材官房(ホルツカンマー)が、ベルンの森林政策の舵を握っていたようです。

ちなみに、16~17世紀ベルンの森林管理・木材供給については、ベルン都市史の概説書への同著者による寄稿文がとても参考になります。

Martin Stuber, Waldwirtschaft, in: André Holenstein (Hg.), Berns mächtige Zeit. Das 16. und 17. Jahrhundert neu entdeckt, Bern 2006, S. 411-416.

3章以降が、本書の肝となる言説分析になります。3章で代表的な愛国主義者として取り上げられるのは、サミュエル・エンゲル(Samuel Engel; 1702-1784)とニコラウス・エマニュエル・チャルナー(Nikolaus Emanuel Tscharner; 1727-1794)です。彼らは、それまでのベルンの森林政策の不徹底を批判し、明確な森林所有制度の確立、木材価格の統制、木材を大量消費する生業への適切な対策、森林管理の徹底を要請します(いわゆる重商主義的政策)。また林業上のさまざまな技術の確立にも彼らは精を出します。ぼくにとって興味深いのは、同じ文脈で語られる木材節約を目指す多くの試行錯誤です。ちなみに、16世紀ベルンにおける薪節約ストーブについて、これまたシュテューバーさんの以下の論考が面白い事例を紹介しています。(もうすぐ刊行予定のぼくの「薪節約術」論文にも参考文献としてあげたかったけど、ちょっと遅かった…。反省。。)

Martin Stuber, Der Holzsparofen von Jakob Funkli 1556/57, in: Holenstein (Hg.), Berns mächtige Zeit. Das 16. und 17. Jahrhundert neu entdeckt, S. 419.

4章は、自由主義者の持続性構想について。主に取り上げられるのは、カール・カストホーファー(Albrecht Karl Ludwig Kasthofer; 1777-1853)。アダム・スミスに強く影響を受け、木材交易の自由化、森林開墾の自由化、森林所有の自由化、そして自由な市場価格の導入が主張されます。ここで興味深いのは、持続性の構想と市場経済の原理とが、共通の分母を持つものであると主張されている点です。カストホーファーは、1831年から1843年までベルン邦の森林長官を務め、ベルンの森林政策をこの方向で強く推し進めたようです。

5章は、「家政としての自然」という考えが現れ出す19世紀半ば以降の動向が扱われます。自然全体のなかで森林の果たす役割に目が向けられるようになるようです。取り上げられるのは、1847年からベルン邦の森林長官を務めたザビエル・マーチャント(Xavier Marchand; 1799-1859)の言説。「森林は、ただ建築材や燃料材を供給するためにあるのではない。むしろ森林は、自然という家政において(im Haushalte der Natur)、より崇高な目的を担っているのだ」。例えば、森林が洪水などの自然災害を未然に防ぐという重要な機能をになっていることなどが主張されています。森林の行き過ぎた伐採により「アルプスの天罰」が下る、というのもマーチャントの言葉。

6章では、これまでの議論をまとめ、展望として、現在の「持続性」をめぐる議論との関連性と、歴史研究の新たな方向性とその可能性(「環境史としての森林史」「学知をめぐる歴史としての森林史」)が述べられています。

専門とする時代が違うので、もしかすると読み違いもあるかもしれません。それに、とくに後半はずいぶんと読み飛ばしてしまったので…。ずいぶんと簡略化しての紹介となりましたが、ぼく自身にとっては知らないことばかりだったので、とっても勉強になりました。ちなみに、本シリーズ「環境史研究」には、他にも興味深い著作が並んでるので、いつか時間があったら、またこちらでもご紹介していきたいなと思っています。

Band 1: Bernd-Stefan Grewe, Der versperrte Wald. Ressourcenmangel in der bayerischen Pfalz (1814-1870), Köln 2004.
『遮られた森:バイエルン・プファルツにおける資源不足(1814-1870年)』

Band 2: Rolf Peter Sieferle, Fridolin Krausmann, Heinz Schandl, Verena Winiwarter, Das Ende der Fläche. Zum gesellschaftlichen Stoffwechsel der Industrialisierung, Köln 2006.
『平野の終わり:産業化の社会的な新陳代謝』

Band 4: Christian Rohr, Extreme Naturereignisse im Ostalpenraum. Naturerfahrung im Spätmittelalter und am Beginn der Neuzeit, Köln 2008.
『東アルペン空間における異常な自然現象:中世後期から近世にかけての自然経験』
by schembart | 2010-11-24 00:24 | 文献紹介