中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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9月の終わりは、もっとも過ごしやすい時期です。

土曜日にミュンヘンを離れ、現在はアウクスブルクの隣町フリートベルク(Friedberg)に滞在しております。こじんまりとした小都市ですが、ヴィッテルスバッハ家のかつてのお城もあって、典型的なバイエルン領邦都市のひとつです。時計の製造でも有名です。

なにかのお祭りなのか、日曜日にはたくさんの屋台がでて、のんびりとしたなかにも活気があり、歩いているだけで気持ちも穏やかになりました。

通りの両側に並ぶ屋台。古着やおもちゃ、お菓子やお土産屋さんなんかがいっぱい。
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フリートベルクの市庁舎は、エリアス・ホル(アウクスブルクの市庁舎を建てた建築家:1573-1646)の後継者が建てたもので、こちらもひとまわり小さいながらも、とても親しみがわいてきます。後期ルネサンス・バロック様式とのこと。その隣には、聖母マリアの柱(Mariensäule)が立っております。プラハでも同じモチーフを見たことを思い出しました

市庁舎と聖母マリアの柱。
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聖母マリア。青空が似合います。
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フリートベルクのもうひとつの見ものが聖ヤコブ教区教会です。19世紀後半に建てられた新ロマン様式の教会で、その時計塔はフリートベルクの街並みのシンボルとなっています。オレンジの横じま模様がとてもかわいいです。

聖ヤコブ教会。前には聖ヤコブではなく、聖ウルリヒの像。どうしてだろう。
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時計塔。
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隣町同士であるフリートベルクとアウクスブルクとの関係は、歴史的にとても興味深いものです。フリートベルクは中世以来バイエルン公領に属しながらも、経済的にはずっと隣の大都市アウクスブルクに依存せざるを得ませんでした。たしかに17世紀以降、とりわけ時計製造の分野では、アウクスブルクとも張り合う有名な時計製造工をたくさん生みだしました。でもほかの多くの手工業の分野においては、アウクスブルクで市民権および親方資格を手にすることができなかった手工業者たちがフリートベルクに居を構え、お仕事に励んでいたのが実態のようです。彼らにとっては、アウクスブルクはあこがれの地であると同時に目の上のたんこぶのような存在でもあったのですね。

フリートベルクは数時間あれば回れてしまう小都市なので、午後からはアウクスブルクの動物園に行ってきました。ひとりで動物園もどうかなと思いながらも、動物園にひとりで行って動物をながめるのはもっとも贅沢な時間の使い方のひとつであるという村上春樹さんの言葉を信じて行ってきました。いろんな動物たちがいて、とても楽しく過ごせました。

サイ。
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水牛。
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でもやっぱり家族連れでくるのがいちばん楽しめそうですね。子どもたちはみんなはしゃいでかわいかったです。

アウクスブルクで早めの夕食をとってフリートベルクに戻ってきました。夕暮れ時で、屋台の片づけも半分ほど済んでしまってました。祭りのあとのほんのちょっぴり切ない気分もありながら、家路に帰るひとたちの顔にはあたたかな満足感がみえて、とても素敵な感じでありました。

夕暮れのフリートベルク。
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ホテルに帰って、ビール片手に総選挙の結果をテレビでみました。アンゲラ・メルケルの続投が決まったようです。SPDが手痛い敗北をしていました。二大政党がそれぞれに票を減らし、ほかの政党がそのぶんの議席を増やした模様です。投票率はおよそ72.5パーセントで歴史的な低さとのことでした。
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by schembart | 2009-09-28 17:53 | 旅行 | Comments(0)

さらばミュンヘン!

ミュンヘンでの語学研修も今日で無事に終わりました。

8月頭の渡独からもう二ヶ月がたったのですね。あっという間に過ぎ去っていったように感じます。

ミュンヘンでの生活は、ホームステイの部屋も大きくて快適でしたし、美味しいレストランなんかもたくさん見つけました。雰囲気のあるカフェで心ゆくまで読書に耽ったり、あるいはミュンヘン大学に通って博士論文を書かれている先輩にも出会うことができました。オクトーバーフェストにも行きまして、大ジョッキでビールを浴びるように飲むという経験もできました。

なんだかんだで、とても贅沢な時間を過ごすことができたように思います。

語学学校にも(数回だけさぼりましたが)、まじめに通ってがんばってドイツ語の勉強に励みました。世界中から来てドイツ語を学んでいるクラスメートとも仲良くなりましたし、先生もみんな親切な方ばかり。まだまだ会話はたどたどしいものの、だいぶんドイツ語でのコミュニケイションにも慣れたように感じます。

今日は最後の授業でした。クラスのみんなで終了証明書を掲げて記念写真を撮り、お互いに「元気でがんばってね」と肩をたたき合ってバイバイしてきました。みんなお元気で!

ミュンヘンを離れ、明日はアウクスブルクの隣町フリートベルクに移ります。10月1日からしか学生寮は入れないとのことで、仕方がないので数日間はホテル住まいです。ミュンヘンに比べたら、とてもこじんまりした街ですが、本格的な研究生活のスタートにむけて、のんびり身体を休ませたいと思います。

そんなこんなで、さらばミュンヘン。また逢う日まで!
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by schembart | 2009-09-26 02:27 | Comments(0)
世界最大のお祭りオクトーバーフェストに行ってきました。

先週末から始まったオクトーバーフェストですが、ドイツ人だけではなくて世界中から観光客が集まって大いに盛り上がっております。広大な会場には、ビール会社の巨大テントがずらっと並んでおります。大きな移動遊園地となってまして、観覧車やそのほかのアトラクションもいっぱいです。

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巨大テントの中では、わいわいがやがやと楽しい宴が繰り広げられております。お客さんの多くは民族衣装を身にまとい、みんな美味しそうに大ジョッキのビールを飲んでおります。ものすごい熱気です。夕方前から行ったのですが、予約席ばかりでなかなか席を見つけるのにも苦労しました。

テントによって雰囲気もさまざまです。
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修士の学生のころにお世話になった先生と、その時に同じ授業をとっていた方が偶然にミュンヘンにいらっしゃるというので、久しぶりにお会いしてオクトーバーフェストに連れて行ってもらったのです。巨大テントをぐるぐる回って、運よく席をみつけたところで、まずは1マース・ビールで乾杯です。うーん。美味しい。それからフランツィスカーナーを飲もう! と歩き回り、やっと見つけたフランツィスカーナーの小さなテントでヴァイスビアを注文し二度目の乾杯です。これは格別に美味しかったです。すばらしい。

久しぶりにお会いしたにもかかわらず、お話は尽きることもなく、楽しい時間を過ごすことができました。夕方過ぎにはオクトーバーフェストの会場を後にして、近くの雰囲気のあるレストラン・バーに行きました。そこでもまずはビールで乾杯し、白ワインをはさんで赤ワインでしめました。秋の夜空とミュンヘンの街並みを見ながらのぜいたくな時間でした。

気持ちよく酔っぱらってしまいました。お二人と別れてからの帰り道、これが大変です。久々にあれほど酔っぱらいました。地下鉄と路面電車とバスを乗り継いでなんとか這いつくように帰宅し、そのまま眠り込みました。

もちろん今日は朝から二日酔いに苦しむ結果となりました。なにはともあれ、十分にオクトーバーフェストの雰囲気を満喫することができたように思います。ああ、本当に楽しかった。
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by schembart | 2009-09-24 00:23 | Comments(0)
ぼくの指導教授であるR.キースリング先生の一般向け書籍が発売されました。

Rolf Kießling, Kleine Geschichte Schwabens, Regensburg 2009.

2009年9月発売ということで、暇を見つけては街の本屋さんをめぐっては「まだかまだか」と楽しみに待ち望んでいたのです。それが今日、いつもとは違う小さな本屋さんへはいったら一冊だけありました! お店のおばあさんが「これは今日はいったばかりなのよ、一冊しかないから、ラッキーね」と会計の際に声をかけてくれました。そのまま別の大きな本屋をまわったら、おばあさんの言うとおりまだどこにも入荷されていません。きっと大きな書店に並ぶのは来週になることでしょう。なんだかみんなよりも一足先に手に入れた気分で嬉しいです。ふふふ。ミーハーなのです。

ところで「シュヴァーベン」とはどこの地域なのかというと、これが一言では説明できません。なんの留保もなく「シュヴァーベン」と呼べるような地域は制度上も地図上にも存在していないのです。でも「自分はシュヴァーベンの人間だもんな」と考えている人たちは、実際に存在しています。人々の頭の中に「シュヴァーベン」という地域は存在しているのです。

人々の頭の中に存在するもの(概念)である以上、それは自由自在に大きくなったり小さくなったりします。国境線の描かれた世界地図に慣れ親しんだぼくらの感覚では、たしかに不思議な話です。でも、そもそも地面に線が描かれているわけではないのです。ですから、ある特定の地名をもった「地域」「領域」というのは、そのすべてが歴史的にある特定の概念から生み出された「作り物」でしかないのです。

「シュヴァーベン」という地域は、「かつてそれは存在した」という話型をとりながら、現在に至るまで、さまざまな人々によってさまざまに形を与えられ、また奪われてきました。

だからこそ、「シュヴァーベン地域史」を描くには、どうしても避けられない困難や数え切れないほどの留保事項をともなうこととなります。それは一見すると、バイエルンの歴史や東京の歴史を描くことよりも、はるかに難しい作業であるように見えるかもしれません。あるいはドイツ史や日本史を描くことと比べても。

でも、よくよく考えてみれば、ドイツ史であれ日本史であれ、またはプロイセンの歴史であれ岐阜県の歴史であれ、「シュヴァーベン地域史」を描くのと同じような難しさを内包しているのです。国家であれ特定の地域であれ、それが概念による歴史的な「作り物」であることには変わりはないはずです。もともとからしてそれはひどく流動的で捉えにくい代物なのです。「歴史学」が、それに「確固な枠組み」を与えるものなのか、あるいはその「捉えにくさ」を歴史の中から明らかにすることを目指すものなのか、ひとによっては意見の違いがあるかもしれません。ぼくとしては、後者のほうにより歴史を学ぶことの意味を見出せると思うのですが、いかがでしょう。

なんだか話が大きくなって、どうも自分ではうまくまとめられそうもありません。戯言の垂れ流しになってしまいました。お恥ずかしい。でも、なんで自分がドイツのひとつの地域の歴史を取り上げて研究するのか、その意味を考えるにあたって、うえのような議論は少なからず意味があるようにも思うのです。

ともあれ、キースリング先生の新刊です。「地域の歴史」を書く上での難しさを全部抱え込んで、どうやってキースリング先生がそれを描きだすのか、じっくりと読み進めたいと思います。
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by schembart | 2009-09-20 07:43 | 文献紹介 | Comments(0)

Haruki Murakami

Haruki Murakami (村上春樹)の小説は、ドイツでもたくさん読まれております。

大きな書店に行くと必ずと言ってよいほどに Haruki Murakami のコーナーがあり、ぼくはなんだか嬉しくなってしまいます。ドイツだけなのかも知れませんが、ちかごろ村上さんの短編「眠り(Schlaf)」がイラスト付きのハード・カバーで改めて発売されました。日本では発売されてはいないですよね? どうしてまた「眠り」なのだろうと不思議な気持ちにもなりますが、「眠り」という短編にはなにかしら特別にドイツ人読者の心に触れるものがあるのかもしれません。

もちろん「眠り」が収録された短編集はドイツでももうずいぶん前に発売されているので、短編にイラストを付けてハードカバーで売るというこの出版社の企画に対しては、読者からの反発もあるようです(ドイツ版アマゾンのレビューでは「だまされた!」というような告発もありました…。たしかに新刊だと間違えて買う読者もいるように思います…)。

入口に張られた『眠り』の大きなポスター。
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数日前にはもっと積まれてましたが、ずいぶんと売れているようです。
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語学学校でも、「Haruki Murakami の小説は良いよね、とくにノルウェイの森がたまらない」と話すロシア人のクラスメートがいました。

いまは『海辺のカフカ』のドイツ語版を読んでおりまして、これがまた、おもしろい。日本語版との細かな差異など、気になった点もあるので読み終わったらまた日記に書きたいと思います。ドイツ語の勉強にもなるので、声に出しながら(ぶつぶつ)、なるべく立ち止まることのないように読み進めております。星野くんとナカタさんが「入口の石」をひっくり返すとこまで読みました。(もう知っているはずなのに)結末がどうなるか楽しみです。

Haruki Murakami の平積みコーナー。
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by schembart | 2009-09-18 04:32 | 読書 | Comments(0)

『道』

フェデリコ・フェリーニの『道(La Strada)』(1954年、イタリア映画)のDVDを見ました。

ぼくが中学生か高校生だったころに、たしかNHKの番組で放送されていたのを見た記憶があります。全部見たのではなくて、道化に扮した主人公のジェルソミーナが杖をもって踊っているシーンがやけに印象的で、そのシーンだけがずっと心に引っかかっていました。いつかちゃんと見ようと心に決めて、『道』というタイトルだけは忘れずにいました。

こちらの本屋さんで『道』を見つけ購入し、さきほど見終わりました。「ドイツ語吹き替えの字幕なし」か「イタリア語のドイツ語字幕つき」しか選べず、迷いながらも字幕なしドイツ語吹き替えを選択することに。こまかいところは理解できなかった箇所もあったのですが、なんとか話にはついていけました。

それにしても、とてもよい作品です。50年以上も前にこんな名作が世の中に誕生していたのは驚きです。これをみると、映像技術の進歩など「よい映画」を作る上ではそれほど大きな意味は持たないように感じてしまいます。白黒の画面からは、登場人物たちの感情がこれでもかというほどに伝わってきます。とても悲しい物語です。

主人公のジェルソミーナを演じるのは、監督フェリーニの奥さんで女優でもあったジュリエッタ・マシーナ。美人とは言えないけども、とても個性的でやけに魅力的です。ぼくはとても好きです。かつて学生のころにみたときに、ぼくが強く彼女の演技に心惹かれたのも、よくわかります。彼女が吹くトランペットの調べはシンプルでとても美しい。

古い映画なので、あんまり好みに合わない方もいるかもしれませんが、まだ見ていない方がいましたら、ぜひ見てみてください。心からお勧めできる映画です。

まだ一度しか見ていないし、語学の問題もあるので、この映画がもつ深みや重みをぼくはまだ全部は理解できていないと思います。これからも何度も何度も繰り返して見続けていこうと思います。
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by schembart | 2009-09-14 04:01 | 映画 | Comments(0)

ボーデン湖(Bodensee)へ

ぼくの先生が資料調査でドイツに滞在中とのことで、週末に先生を訪ねてボーデン湖畔のコンスタンツ(Konstanz)まで行ってきました。

ミュンヘンから列車に揺られ、オーストリアとスイスを通ってコンスタンツまでおよそ5~6時間の旅です。車窓から見えるアルプス山麓の風景をのんびり堪能しながらお昼ごろにコンスタンツに到着。ドイツとオーストリアとスイスに囲まれたボーデン湖は、多くの観光客が集まる保養地となっております。

さっそくフェリーに乗ってメールスブルク(Meersburg)まで。とっても気持ちよい。
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葡萄畑が印象的なメールスブルク。
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観光地なのでホテルやお土産屋さんがたくさん並んでいます。街並みは中世の面影を残していて歩いているだけで楽しめました。
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コンスタンツまでフェリーで戻って、ボーデン湖が見渡せるビア・ガルテンで夕食をとることに。マース・ビール(1L)で乾杯して、いろいろと先生とお話してきました。先生も日本ではお忙しいので、こうしてゆっくりとお話ができるのもありがたいことです。がんばってじっくりと研究を深めるようにとお尻を叩いてもらいました。最後はこの地域特産の白ワインで乾杯。とても美味しかったです。

夜のボーデン湖に浮かぶ月。とてもきれいでした。
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by schembart | 2009-09-07 02:39 | 旅行 | Comments(0)
日本から持参した村上春樹さんの本を暇を見つけては読み進めています。

数年前に読んだ『海辺のカフカ』(新潮文庫)を久々に読み返して、その勢いで村上さん編集マガジン『少年カフカ』を読み終えました。

村上春樹編集長『少年カフカ』新潮社

『海辺のカフカ』を読んだたくさんの読者が繰り出す「あれはこうで、これはああか?」という怒涛の質問攻めに、作者の村上さんが「こうでもない、ああでもない、でもそうかもしれない」とひとつひとつ丁寧に答えていきます。『海辺のカフカ』刊行後、数か月間だけインターネット上で繰り広げられた読者と村上さんとのやり取りを記録したのが本書です。

「また村上さんの本か…、ほんとうに好きだよなぁ」と呆れられるかもしれませんが、ほんとうに好きなのです。

ずいぶんと多く人が『海辺のカフカ』を読んで、ずいぶんと多くの感想を抱き、ずいぶんといろんな意見や質問をぶつけています。共感する意見もあれば、ちょっと違うなぁと思うものもありました。こちらが読んでいてひやひやしてしまう辛辣な批判もたくさんありました。

これほどにたくさんの批判や意見に耐えられる小説というのは、ずいぶんとタフな存在であるように思います(まるでカフカ少年のようです)。おそらく村上さんの作品のなかでも、これほどのタフな小説というのは少ないのではないのでしょうか。なんてったって村上さん、1220通もの質問にひとつひとつ丁寧に答えているのです。(もうずいぶん前のことだけど)お疲れ様でした。

「わかめ うどん」に関してのメールに対する村上さんのお答がとても気に入りました。

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わかめうどんもおいしいですが、僕は鍋焼きうどんを食べているときに人生の幸福のひとつの形態を感じます。冬ですね。
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素敵な文章です。

ただし、鍋焼きうどんとか鰻とか、こちらで簡単には口にできそうにない美味しそうな食べ物がたくさん登場するのがこの本の唯一の欠点です。あぁ、おいしい鰻が食べたいです。

小説ももちろん面白いのですが、ぼくはこういった村上さんのエッセイ風の文章を読んでいるときに人生の幸福のひとつの形態を感じちゃいます。夏の終わりですね。

Haruki Murakami, Kafka am Strand, Aus dem Japanischen von Ursula Gräfe, 9. Aufl., Köln 2006.

次はドイツ語翻訳を読みたいと思います。もちろん研究も忘れずにやります…。
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by schembart | 2009-09-03 02:23 | 読書 | Comments(0)