中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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クリスマス市にむけて

もうすぐ10月も終わりますね。今年もあと少しで暮れてしまいます。

アウクスブルクのクリスマス市は、ニュルンベルクやウルムなどと並びまして、ドイツでももっとも美しいクリスマス市のひとつとして有名です。市庁舎前広場では、さっそくその準備が始められております。世間では倒産や失業者といった暗いニュースで溢れかえってますが、そんななかで寒い冬を乗り越えるためには、身も心もほっこりと温めてくれるクリスマスのような催し物が必要であるような気がします。

朝から準備をする作業のおじさんたち。
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クリスマス市が始まるのは11月の後半からなので、ちょっぴり早すぎる気もしますが、こうして着々と準備が進んでいくのを目の当たりにしながらクリスマスを心待ちにするのもひとつの楽しみ方なのかもしれません。たくさん木製の屋台が並んでいます。
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ところで、この頃は都市文書館に朝から夕方までこもって研究に明け暮れる日々を過ごしております。懸案であった文書の害虫被害に関しても、その対策の方法と日取りが正式に決まったようです。1月から大規模な文書の移転と害虫駆除を行うので、年内いっぱいはいつも通りの史料調査を続けることができそうです。しかも、うまく事が進めばということですが、来年の半ばあたりから、制限付きで文書へのアクセスも可能になるかもしれない、ということでした。文書館のみなさま、ぜひ頑張ってください。

今日も文書館にこもって史料と格闘してきました。いくら時間をかけてもまったく読めないものもおおく、それはまさに格闘と呼ぶにふさわしい作業です。あたまも痛くなってきますし、ふと自分がどこにいて何をしているのかわからなくなる瞬間もよくあります。そんなこんなで、夕方にはあたまと身体はぐったりと疲れ果ててしまっています。帰りがけに、夕方の市庁舎を背景にもう一枚。クリスマスが楽しみです。
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夕暮れの街並みは、灯りが燈ってなんとも言えないほどにきれいです。
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by schembart | 2009-10-30 03:14 | 留学生活 | Comments(0)
Bernd Roeck, Ketzer, Künstler und Dämonen. Die Welten des Goldschmieds David Altenstetter. Eine Geschichte aus der Renaissance, C.H.Beck, München 2009.

チューリヒ大学のベルント・レック教授による最新作です。レック教授はそのルネサンス研究で有名ですが、もともとは近世、とくに30年戦争期の都市アウクスブルクに関する社会史的な研究で博士号および教授資格を取得されています。その後は、ルネサンス研究や建築・芸術史、あるいは都市日常生活史など、さまざまな分野でご活躍されています。日本語でもアウトサイダーに関する著作が翻訳されていますので、そちらでご存知の方も多いかもしれません。

ベルント・レック著、中谷博幸/山中淑江訳 『歴史のアウトサイダー』昭和堂、2001年

本書の主人公ダヴィット・アルテンシュテッターは、16世紀後半から17世紀初頭にかけて帝国都市アウクスブルクに生きた金細工師です。そんじゃそこらの金細工師ではなく、1610年頃には神聖ローマ皇帝ルードルフ2世から帝室金細工師(Kammergoldschmied)の称号をもらうなど、まさに当時を代表する芸術家としてその名を残しています。彼の作品は、現在でもインターネットのオークションにかけられることもあるようです。またアルテンシュテッターは、金細工師ツンフトの代表を数度にわたって務めるなど、アウクスブルク市内においても名誉ある地位を築きあげることに成功しています。しかし、この時代に特徴的なことかもしれませんが、このような経歴は彼の持つ横顔のひとつの側面でしかありません。

「教会へ行く代わりに、彼は夜中に秘密の集会のために市外の森の中へと入っていく…」

1598年、アウクスブルク市参事会はアルテンシュテッターから「信仰に関する疑惑」について事情を聴取するために彼を捕えます。都市当局は再洗礼派(Täufer)のにおいを彼の中に嗅ぎつけたのです。聴取の過程で、アルテンシュテッターは有名な神秘思想主義者カスパル・シュヴェンクフェルト(Caspar Schwenckfeld, 1489/90-1561)への傾倒をみずから明らかにしていくのですが…。(後記:この部分は、ぼくの読み違いでした。シュヴェンクフェルトへの傾倒を供述したのは、アルテンシュテッターではなくて、彼と同時に尋問を受けることになった、彼の友人で毛布工のマルティン・キューンレ(Martin Küenle)でした。ごめんなさい(2009年11月8日))

と、すこぶる面白そうです。

レック教授は、参事会議事録や尋問調書、市税徴収帳簿などの未刊行史料や年代記などの叙述史料を駆使しながらアルテンシュテッターの人物像を再構築し、当時の社会とのかかわりなども踏まえて、まさに彼を取り囲む世界ごとまとめて描き上げようと試みています。文章も、一般に読まれることを前提とされてまして、ひじょうに魅力的なものとなっています。とは言っても、まだ読みはじめたばかりですので、印象としてということですが…。また読み終わったら、詳しくご紹介したいと思います。

ちなみに、レック教授には『アウクスブルクの歴史』という、アウクスブルクの古代から現代までの歴史を通史的に描いた著作もありまして、都市アウクスブルクの歴史の概略を知りたいという方には、現在もっともおてごろなハンドブックとなっております。

Bernd Roeck, Geschichte Augsburgs, C.H.Beck, München 2005.
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by schembart | 2009-10-26 03:48 | 文献紹介 | Comments(0)
アウクスブルクに引っ越して3週間がたちました。

気がつくと、この3週間はなんだか文字だらけの味気ない日記ばかりになってました。ですので今回は、アウクスブルクの町並みの写真をたくさんお届けしたいと思います。「大通り編」と題しまして、聖ウルリッヒ・アフラ教会(St. Ulrich und Afra)から市庁舎(Rathaus)を挟んで大聖堂(Dom)まで続くアウクスブルクの目抜き通りをご紹介します。

マクシミリアン通り(Maximilianstr.)から見る聖ウルリッヒ・アフラ教会。
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奥に見えるのが聖ウルリッヒ・アフラ教会です。カトリックの教会とプロテスタントの教会が隣り合って建っているという、近世都市の宗派化と二宗派の関係を考える上でとっても興味深い教会です。隣でミサをしている最中に別の宗派の会衆がわざとみだらな歌を大声で歌ったりして邪魔をしたり、そういった事件がかつてはよく起こったようです。

こちらは町の真ん中に位置するモーリッツ広場(Moritzplatz)。
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今日のお昼はそれほど寒くなかったので、外でお茶をしている人もたくさんいました。奥に見えるカラフルなファサードをもった建物は職布工館(Weberhaus)と言いいまして、中近世アウクスブルクの経済的発展を支えた職布工たちの寄り合いの場であったところです。

市庁舎を超えてアウクスブルクの大聖堂へ。
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大聖堂は、アウクスブルク司教の教会として904年に建築がはじまりました。中世の都市アウクスブルクの歴史を考える時には、もともとの都市領主であった司教との関係というのがとても重要な要素となってきます。司教都市から帝国都市へ。詳しいことはまた機会がありましたらこちらでも書いてみたいと思います。

そして大聖堂と聖ウルリッヒ・アフラ教会の中間に位置するのが有名なアウクスブルクの市庁舎です。
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隣はペルラッハ塔。もう何度も紹介しているので、またかよと思われるかもしれません。今回は、もうひとつ別の角度からも。皇帝アウグストゥスの像とご一緒に。
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正面入口には、当時の都市当局の自己認識を刻み込んだ次のようなラテン語の格言が掲げられています。「公なる参事会と公共の福利 1620年(PUBLICO CONSILIO PUBLICAE SALUTI MDCXX.)」
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最後にこちらが市庁舎広場です。
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数週間後にはここで有名なアウクスブルクのクリスマス市(Weihnachtsmarkt)が開かれます。そしたらまたこの日記でもご紹介しますが、その前に「アウクスブルクの町並み 裏通り編」をお届けできればと思います。いつになるかはわかりませんが、どうぞひそやかに御期待くださいませ。
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by schembart | 2009-10-25 00:22 | 留学生活 | Comments(0)
実家からお願いしていた荷物が届きました。

日本語の本を数冊と服、それから食料品。それにこちらからアマゾンで注文したDVDやCDなど。ありがたいかぎりです。なによりも嬉しいのは、寿がきやの「名古屋名物 みそ煮込みうどん」です。お味噌文化圏(というのがあるとぼくは固く信じているのですが)の方々にはおなじみだと思います。寒い冬の夜にはたまらない贅沢です。身も心も温まります。

それからアマゾンで衝動買いしたDVDやらCDもたくさん。

- 100s 『世界のフラワーワールド』 CD/DVD
- salyu 『MERKMAL』 CD/DVD
- 野狐禅 『解散 ―生きてもないのに、死んでたまるか― Last Live at 札幌 KRAPS HALL』 DVD
- Mr. Children 『HOME TOUR 2007 ―in the field―』 DVD

とくに野狐禅の解散ライブDVDは、とっても楽しみです。一度だけ生のライブを見て、そのときは名前も知らなかったのですが、その場でしびれてしまいました。がむしゃらに歌い上げる竹原ピストルさん(ボーカル)の姿が、それからずっと忘れられずにいます。だから解散のニュースには本当にびっくりすると同時に、悲しくもありました。いつかまた、生の野狐禅の歌を聞きたいなと、そう願っております。

あとは100sの新譜にミスチルのライブDVD、それからSalyuのベストアルバムです。ちょっと奮発してたくさん一気に買ってしまいましたが、これらを聞きながら2009年の冬を乗り切ろうと思います。

ふだんは基本的に邦楽を好んで聴きますが、洋楽もたまに聞いております。こちらに来て衝動的に RADIOHEAD "KID A" と the verve "URBAN HYMNS" を購入してしまいた。ひさびさにどうしても聞きたくなったのです。とくにVerveのアルバムは、ひとつの奇跡だと思います。すばらしい。言葉も出てきません。何度も何度も繰り返し聞いております。

ほんとうはドイツの音楽事情なども詳しくなりたいとは思うのですが、いまのところピンと来るものには出会っておりません。まあ、音楽の好みはひとそれぞれですものね。そんなこんなで、好きなことばかり書きつけてしまいましたが、みなさまもそれぞれに大好きな音楽とともにこの冬を乗り切ってくださいませ。

なにはともあれ今日の晩御飯はみそ煮込みうどんです。ほんとうに楽しみです。
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by schembart | 2009-10-24 01:29 | 留学生活 | Comments(0)
アウクスブルク大学の歴史学部が主催する公開連続講義(Ringvorlesung)が始まりました。

2009/10年冬学期のテーマは、『世界史の分岐点(Wendepunkte der Weltgeschichte)』というもので、昨日、第一回目の講義が行われました。アウクスブルク大学の歴史学部の教授が統一テーマのもとで代わる代わるに講義をしていくというもので、一般にも公開されています。以下が日程と題目です。

21. Oktober 2009
Prof. Dr. Martin Kaufhold
Canossa 1077: Dramatischer Auftakt zu einer neuen Weltordnung.
「1077年、カノッサ:新たな世界秩序の劇的な幕開け」

4. November 2009
Prof. Dr. Marita Krauss
Die Kreuzfahne, die Reichsacht und eine bayerische Exekution: Donauwörth 1607/1608 und die Wende in den Dreißigjährigen Krieg.
「十字旗、帝国追放、そしてバイエルンによる執行:1607/08年ドナウヴェルトと30年戦争への転換」

18. November 2009
Prof. Dr. Wolfgang E. J. Weber
1517/20: Der Aufstand der Frommen und die Weltgeschichte.
「1517/20年:敬虔者たちの反乱と世界史」

2. Dezember 2009
Prof. Dr. Lothar Schilling
Die Französische Revolution von 1789: Erfahrung, Deutung und Inszenierung des Umbruchs.
「1789年フランス革命:変革の経験、意味、そして演出」

16. Dezember 2009
Prof. Dr. Susanne Popp
10. Dezember 1948: Die allgemeine Erklärung der Menschenrechte durch die Vereinten Nationen.
「1948年12月10日:国際連合による人権の一般表明」

20. Januar 2010
Prof. Dr. Andreas Wirsching
6. Oktober 1976: Die Zerschlagung der „Viererbande“ und Chinas Rückkehr in die Weltgeschichte.
「1976年10月6日:「四人組」の粉砕と中国の世界史への帰還」

3. Februar 2010
Prof. Dr. Philipp Gassert
Der 11. September 2001: Das Ende des amerikanischen Jahrhunderts?
「2001年9月11日:アメリカの世紀の終焉?」


まずは、近世史のロタール・シリング教授から連続講義のテーマに関する一般的な解説がありました。世界史の転換「点」に注目することの現代的な意義を指摘されていましたが、興味深かったのはヤーコプ・ブルクハルトの名前を何度も引用されていたことです。ブルクハルトの名前には、開会のあいさつをされたポップ教授も言及されていました。

続いて中世史のマルティン・カウフホールト教授による講演「1077年、カノッサ:新たな世界秩序の劇的な幕開け」を聞いてきました。およそ1時間ほどの講演で、テーマはドイツ中世史のハイライト「カノッサの屈辱」事件です。教皇グレゴリウス7世に破門された神聖ローマ皇帝ハインリッヒ4世が、雪降る寒い1077年1月、破門の解除を願い教皇のいる北イタリアのカノッサまで赴いて許しを請うた、高校の教科書でもおなじみなあの事件です。中世ヨーロッパ世界を特徴づけた「教皇」と「皇帝」の関係を考える上でも、ひじょうに象徴的な出来事です。

文書館での手書き史料との格闘のあとで疲れ果てていたために講演中にうとうとしてしまったのも事実なのですが、そしてドイツ語がぜんぶは理解できなかった割には、とても興味深く聞くことができました(説得力がないけども)。カウフホールト教授は、まず事件のあらましを紹介し、そのあとにより分析的に、事件の前史と歴史的な背景(たとえば、神聖ローマ帝国内の諸侯がもった意味など)を解説されまして、そして最後に、連続講義のテーマとも関連して、「カノッサ事件は歴史的な転換点であったか?」という問いに対するご自身の考えを述べ、かつ現代社会の問題まで(「聖職者」という考え方を基礎としたカトリック教会)言及されて講演を終えられました。こんなことを言うのもおこがましいのですが、とてもメリハリの利いた、副題にもあるような一種「劇的」な、盛り上がりのある講演でした。聴衆もみんな満足げでした。

最後の部分で教授は、フランクフルト大学中世史のベルンハルト・ユッセン教授(Prof. Dr. Bernhard Jussen)の「叙任権闘争における国王権の脱神聖化・脱オーラ化(Entsakralisierung/Entauratisierung des Königtums im Investiturstreit)」という言葉を引用されてました。ヨーロッパにおける聖と俗というおおきな問題を考える上でも、カノッサ事件はとても象徴的な意味を持っているとのことでした。

来月の二つの講義は、どちらもぼくの専門とする時代を扱っておりますので、どんなお話が聞けるのかいまからとても楽しみです。専門が近い分、今度はもっとドイツ語も理解できたらよいのですが…、また感想を書きたいと思います。
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by schembart | 2009-10-23 03:17 | 講義・講演会・研究会 | Comments(0)

シュペッサルトの森

ドイツにはシュペッサルト(Spessart)と呼ばれる有名な森があります。

マイン河畔の都市ロール(Lohr am Main)は、中世以来ずっとこの森林とともに発展してきました。現在でもロールは4000ヘクタールにも及ぶ都市森林(Stadtwald)を所有しておりまして、それは市町村の所有する森林としては、アウクスブルクについでバイエルン州で二番目に広大なものです。ちなみにアウクスブルクが現在所有する森林面積は7000ヘクタールでバイエルン州では第一位です!こちら

都市ロールの都市森林についての研究書をみつけて図書館から借りてきました。

Hans Schönmann, Erschließung und Inwertsetzung des Stadtwaldes von Lohr am Main, Lks. Main-Spessart, seit dem Mittelalter, mit besonderer Berücksichtigung der Traubeneiche (Quercus petraea), Diss. Julius-Maximilians-Universität zu Würzburg, Lohr am Main 2008.

2008年にヴュルツブルク大学に提出された博士論文で、2009年にはほぼ同名で刊行もされております。中世から現在に至るまでの都市ロールとそのまわりに都市が所有した森林に関する研究です。著者ハンス・シェーンマンは歴史学の専門家ではなく、長年にわたって実務学校の教師を続けると同時にシュペッサルトの森を中心に活躍されてきた環境・森林保護活動家であるようです。定年後に長年の念願であった都市ロールとその森林に関する研究をヴュルツブルク大学に提出されたのですが、それが本書ということです。

インターネットで著者の情報を探してみると、なんと今年の7月にお亡くなりになられたというニュースに行きつきました。享年70歳。こちら

まさに一生をかけてのお仕事です。しかも69歳にしてしっかりとその成果を博士論文にまとめて世に問うたその姿勢には、敬意を抱かずにはいられません。もちろん歴史学を専門とされていたわけではないので、ぼく自身がそのご研究から学べることは限られているかもしれません。でも巻末には補遺として、「1586年のロール都市森林に関する森林・木材条令(Wald- und Holzordnung für den Lohrer Stadtwald von 1586)」といった史料も付されていまして、とても参考になります。

こういった研究には、このところ大学近辺でよく叫ばれているような「学際化」が、なんのてらいもなく達成されているように感じます(達成というのとは違うのかもしれません。方向性がそもそも違うのでしょう)。その叙述の仕方も、対象に対する情熱がより強く感じられるものとなっています。その是非を云々することはぼくにはできませんが、あるテーマに関して地域と時代を特定し掘り深めようとするさいには、このような研究の蓄積に頼るところは非常に多くあります。どう扱うかがなかなか難しいところですが。

ちなみに、シュペッサルトの森といえば、25歳の若さで夭折したヴィルヘルム・ハウフ(Wilhelm Hauff, 1802-27)の童話が有名です。筏流しも登場します。ご関心のある方はどうぞ。

ヴィルヘルム・ハウフ著、池田香代子訳『盗賊の森の一夜―メルヒェン集』岩波文庫、1998年
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by schembart | 2009-10-19 03:05 | 文献紹介 | Comments(0)
今週は文書館に通う毎日でした。

まだまだ手書きの史料を読むのには時間がかかりますが、朝から夕方までじっくりと史料と格闘していますと、それなりに目も慣れてきてひとりでにテンションも上がってきます。5時の閉館時には思った以上に疲れている自分をみつけることになるのですが、史料を読み込むのはなんといっても歴史学の醍醐味ですので、なんとも言えない充実感があります。寒空の下、そんなちょっぴりの充足感に浸りながら帰路につくのも、なかなか素敵な気分です。

アウクスブルクの都市文書館が開いているのは火曜から金曜のお昼までですので、週末と月曜日は大学の図書館へ行ったり、部屋で文献を読んだりします。史料を読みだすと、自分の視点というか立ち位置みたいなのも自然と固まってくるので、また新しい目で文献を眺めることもできるようになります。だから文献を読むのもどんどん面白くなっていくわけです。良い傾向です。

文献を探すときには、「視点(sehepunkte)」というとても便利な批評サイトがありまして、ぼくもたまに使わせてもらっています。ドイツ史の専門家の方々にはもう慣れ親しんだサイトだと思いますが、こちらです。目のマークがかわいいですね(恐いという意見もあります)。

気になる研究者やキーワードを検索すると、けっこうな数の書評が現れます。研究書を手に取る前にその書評に目を通しておくとずいぶんと理解の助けになりますし、あるいは書評を読んでみるためだけにでも、とても便利なサイトです。評者の経歴や専門分野などもちゃんと公開されいます。

パソコンの上ではどうも文章(とくにドイツ語)を読むのが億劫なので、このところはあんまり使っていませんでしたが、プリンターを買ったので気になるものをどんどんプリントアウトしては読み進めています。日本でも同様の批評サイトがあれば良いのに…、あるいはぼくが知らないだけかもしれませんが、いかがでしょう?

アウクスブルクには雪も降って(吹雪いてました!)、例年よりもずいぶんと早く冬がやってきました。風邪をひかないよう気をつけながら、史料調査に励みたいと思います。みなさまもどうぞご自愛ください。
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by schembart | 2009-10-17 03:46 | サイト紹介 | Comments(0)

ドイツの冬

ドイツに冬がやってきました。

アルプスの近くでははじめての雪が降ったようです。アウクスブルクでも、もうすぐで雪になりそうな雨が降りました。天気予報によりますと、明日のお昼の気温は8℃で、明後日は5℃とのことです。明後日の朝はなんとマイナス3℃となってます。例年に比べてもずいぶんと早い冬の訪れのようです。もう秋は終わってしまったのでしょうか…。

マフラーや手袋、暖かいセーターやコートなんかを買い込まないといけません。冬眠の季節です。

今日は文書館もお休みでしたので、外国人局に行って滞在許可申請の手続きをしてきました。とくに問題もなく手続きも済み、これでドイツでするべき事務手続きはぜんぶ終わりました。よかったよかった。

ついでに電気屋さんに寄ってプリンターを買って帰ってきました。大学の近くにはコピー屋さんがあるのですが、わざわざ大学までに行くのも大変なので、落ち着いたら買おうと決めていたのです。日本円で8千円くらいのもの。論文書いたり、書類を印刷したりするのには、やっぱり部屋にあるととても便利ですね。

着々と引きこもりの準備は進みつつあります。しばらくは文書館と学生寮との行ったり来たりの日々が続きそうです。まさに冬籠りですね。ドイツの暗くて長ーい冬に負けないように、がんばろうと思います。
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by schembart | 2009-10-13 01:41 | 留学生活 | Comments(0)
こちらの学会にはじめて参加してきました。

「近世におけるカトリックへの改宗―組織、相互作用、国際化(Konversionen zum Katholizismus in der Frühen Neuzeit: Institutionen, Interaktionen und Internationalisierung)」

ミュンヘンで知り合った、こちらで博士論文を執筆中の方から、ご自身もご報告される上の学会にご招待いただいたのです。はじめてのドイツでの学会でしたし、自分の研究とは直接は関連しないテーマでしたが、せっかくのありがたいお誘いなので、緊張しながらも参加してきました。それにテーマもとても面白そうです。

学会は木曜日から4日間にわたって開催されているのですが、ぼくは土曜日の一日だけ参加させてもらいました。学会のプログラムは、こちら

朝早くにアウクスブルクを出発したのですが、はじめの報告の時間には残念ながら間に合わず、二本目の報告からの参加となりました。全部で5本の報告を聞いたわけですが、正直、やはりドイツ語/英語での専門的な内容についていくのはまだまだ難しいものがありました。じっくりと耳を傾けるだけで精一杯です。でもこちらでの学会の雰囲気を味わうことができましたし、ずいぶんといろいろと勉強もさせてもらいました。

近世の「改宗」をめぐる問題は、ドイツでも近ごろ熱心に議論されているようですが、今回の学会ではとくに「カトリックへの改宗」に焦点を当てて、活発な議論が展開されました。きっと重要な成果として世に問われることになるんだろうと思います。

感激したのは、Wolfgang Behringer教授やRonnie Po-chia Hsia教授など、日本でも名の知れた著名な研究者のお話をうかがえたことです。とくにベーリンガー先生とは昼食の際にお話をさせていただくことができました。すこしだけ、ぼくの研究テーマに関しても話を聞いてもらいました。とても魅力的な先生で、ぼくのつたないドイツ語にもにこやかに応じていただきました。

ヴォルフガング・ベーリンガー先生といえば魔女狩り研究で有名ですが、現在はさまざまな問題に取り組んでおられます。そのひとつが気候研究です。

Wolfgang Behringer, Kulturgeschichte des Klimas. Von der Eiszeit bis zur globalen Erwärmung, 4., durchgesehene Auflage, 2009 München.

2007年の初版以来、もう4版が刊行され、学界のみでなくメディアでも取り上げられる話題の書物となっております。時間を見つけて読み進めたいと思います。

それにしても、専門的な議論に必死についていこうと神経を使ってぐったりとくたびれてしまいました。もし自分が報告する機会などがあったら、それこそひからびてしまうのでないか、と思うほどです。ぼくももっと頑張らなくては(研究もドイツ語も)、と改めて思った次第です。 一休みして、火曜日からまた(月曜日はお休みなのです)文書館での史料調査に精を出そうと思います。
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by schembart | 2009-10-11 20:22 | 講義・講演会・研究会 | Comments(0)
この夏、アウクスブルク市立文書館の貴重な史・資料がジンサンシバンムシ(人参死番虫, Brotkäfer, Stegobium paniceum)という害虫の被害にあいました。

被害の拡大を避けるため、文書館では現在、害虫駆除の準備を行っています。それにともなって、文書館に所蔵されている数多くの史・資料の大規模な移転を計画中とのこと。文書は2013年に開館予定の新しい文書館へ移転されるみたいです。

そのため、文書館所蔵の帝国都市時代の史・資料は見られなくなってしまいます。昨日、文書館のサイトを見ていて愕然としてしまいました。さっそく腰を落ち着けて文書館での史料調査をはじめようと考えていたところだったのです。サイトを見る限りでは、すでに古文書へのアクセスは制限されているとのことだったのですが、ともあれ文書館に行って様子を聞いてきました。どうもまだ史料を見ることはできそうです。でも12月には完全に見られなくなってしまうとのこと。

歴史研究の要は何と言っても史料分析にあります。史料がなくては、研究もなにもありません。困ったことになりました。

困った困ったばかり言っていてもはじまらないので、明日からはさっそく文書館通いです。手書き文書なので、もちろん解読にはまだまだ時間がかかりますし、どこに何が書かれているのか、それさえも手探りで見つけていかなくてはいけません。コピーをしようにも、情報がどこに眠っているのかも知れないのです。研究の方向性はのちほど考えていくとしても、いまできることは、読めるものを読めるうちに書き写しておくことくらいです。面喰ってしまいましたが、ぼやぼやしている暇はなさそうです。がんばろう。

なによりも害虫から貴重な史資料を守ることが大切なのです。

それにしても、3月に起こったケルン市立歴史文書館の倒壊の痛ましさを思わないわけにはいられません。倒壊から半年が過ぎ、現地では文書館再建場所の目途が立つなどの希望を持てるニュースも耳に入るようになりました。日本でも、文書館再建への救援活動が行われています。詳細はこちら。あるいは、高津秀之「ケルン市立歴史文書館の倒壊について」『歴史学研究』856 (2009年8月), 33-38,58頁、および平松英人・井上周平「ケルン市歴史文書館の崩壊とその後―復興への道筋と「市民アーカイブ」構想―」『歴史評論』714 (2009年10月), 88-97頁をご参照ください。

ぼくも微力ながら署名と募金に協力させてもらいました。募金は年末まで募っているようですので、ご関心のあるかたがいらっしゃいましたら、上のリンクからどうぞ。
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by schembart | 2009-10-08 02:52 | ニュース | Comments(2)