中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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Bernd Fuhrmann, Mit barer Münze: Handel im Mittelalter (Geschichte erzählt Bd. 25), Darmstadt 2010.
『現金を片手に―中世の商業』

以前に紹介しました『都市の空気は自由にする』と同じプリムス社の「歴史は語る歴史が語られる」シリーズの最新刊です。気がつくと本シリーズもすでに25巻を数えています。テーマが多彩で歴史好きにはたまらないシリーズです。

本書のテーマは中世の商業。著者のベルント・フールマン教授(apl. Prof. Dr. Bernd Fuhrmann)は、ジーゲン大学歴史学部の臨時教授を務めており、中世の都市史や商業史がご専門。『中世の都市』という概説書も書かれています(Bernd Fuhrmann, Die Stadt im Mittelalter, Stuttgart 2006)。

以下が目次。

- Vorwort
「はじめに」
- Bescheidene Anfänge: Handel in Früh- und Hochmittelalter
「ささやかな始まり:初期・盛期中世の商業」
- Die kommerzielle Revolution: Spätmittelalterlicher Handel
「商業革命:中世後期の商業」
- Regensburg: Ein erstes oberdeutsches Fernhandelszentrum
「レーゲンスブルク:南ドイツ初の遠隔地商業中心地」
- Lübeck und die Hanse: Ein komplementärer Aufstieg
「リューベックとハンザ:相互補完的な興隆」
- Köln: Das Weinhaus der Hanse
「ケルン:ハンザのワイン製造地」
- Hamburg: Das Brauhaus der Hanse
「ハンブルク:ハンザのビール醸造地」
- Nürnberg: Aufstieg im Schatten Regensburgs
「ニュルンベルク:レーゲンスブルクの陰に隠れた興隆」
- Frankfurt: Das aufstrebende Messenzentrum
「フランクフルト:成長するメッセ中心地」
- Augsburg: Blüte in der Frühen Neuzeit
「アウクスブルク:近世の全盛期」
- Neue Zentren, neue Routen
「新たな中心、新たな行路」
- Anmerkungen/Literatur/Bildnachweis

かつて商人とはいったい何者であったのか? 何が交易されたのか? 中世から近世にかけて、彼らの交易の仕方はどのように変化していったのか? アジアとの直接の交易やアメリカの発見はヨーロッパの商人たちにどのような影響を及ぼしたのか? 彼らが訪れた市とは、いったいどんな場所だったのか? 彼らが手にしていたのは、いったいどんな種類の「お金」だったのか? あるいは別の方法があったのだろうか?

そういった問いに答えることが、本書の課題であるようです(「はじめに」より)。紙幅の関係上、叙述はドイツ語圏地域に限られています。(ぼくにとって)興味深い都市がたくさん取り上げられているのはなんとも嬉しい限り。これまたのんびり読み進めていこうと思います。こうして、どんどん本棚に未読の本だけが増えていくのですが、仕方がありません…。『都市の空気は自由にする』だって途中まで読んで、そのままでした…。イースターはのんびり読書と決め込みましょう。
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by schembart | 2010-03-31 22:16 | 文献紹介 | Comments(0)
Klaus Herbers/Helmut Neuhaus, Das Heilige Römische Reich: Ein Überblick, Köln u.a. 2010.
『神聖ローマ帝国:概説』

2006年は神聖ローマ帝国の終焉から200年目にあたりまして、ドイツの各地で「神聖ローマ帝国」に関するさまざまな催し物やシンポジウムが開かれ、また関連する多くの書物や論文が刊行されました。そのさいに世に出た成果の一つに、ハーベルス/ノイハウスの共著『神聖ローマ帝国:一千年にわたる歴史の舞台』(Das Heilige Römische Reich. Schauplätze einer tausendjährigen Geschichte, Köln 2005)という大部の書物があります。それが、ペーパーバック版となって刊行されたのが、今回ご紹介します『神聖ローマ帝国:概説』です。

まずは共著者のご紹介から。お二人ともエアランゲン・ニュルンベルク大学の歴史学の先生で、クラウス・ハーベルスは中世史講座の正教授、ヘルムート・ノイハウスは近世史講座の正教授をそれぞれ務めておられます。

ハーベルス教授は中世のイベリア半島、聖人伝、巡礼、それからカロリング朝をご専門とされており、とくに「聖ヤコブの道」に関する研究で有名なようです。ノイハウス教授は近世国制史、まさに神聖ローマ帝国研究がご専門です。

もちろん本書の中世の部分はハーベルスが、近世以降の部分はノイハウスが担当しています。およそ一千年におよぶ「神聖ローマ帝国」の概説を書くには、やはり少なくとも二人の専門家が必要ということですね。本文の内容やコンセプトは、2005年に刊行された元本と変りはないようですが、参考文献には新しい研究の成果も取り上げられています(ペーパーバック版なので、元本にあったたくさんの図版や挿絵の多くは残念ながら再録されていません)。以下が目次。

**************

Ⅰ Zur Einführung: Das Heilige Römische Reich - Orte, Zeiten und Personen
「導入:神聖ローマ帝国―場、時代、人物」

Ⅱ Das mittelalterliche Heilige Römische Reich
「中世の神聖ローマ帝国」
1 Die Karolinger: Von Aachen nach Forchheim
「カロリング朝:アーヘンからフォルヒハイムへ」
2 Die Ottonen: Sachsen und Italien rücken in den Mittelpunkt
「オットー朝:中核としてのザクセンとイタリア」
3 Die Salier: Zwischen Mitterhein, Burgund und Italien
「ザリアー朝:中部ライン、ブルグンド、イタリア」
4 Die Staufer: "hie Welf, hie Waiblingen" - Schwaben, Sizilien und Burgund
「シュタウフェン朝:シュヴァーベン、シチリア、ブルグンド」
5 Vom Interregnum bis zur Etablierung der Luxemburger: Zwischen Rheinland und Osten (1254-1346)
「大空位期からルクセンブルク朝の創設へ:ラインラントと東部(1254-1346年)」
6 Luxemburger und Habsburger: Böhmen und der Südosten (1346-1495), Prag und Wiener Neustadt
「ルクセンブルク朝とハプスブルク朝:ボヘミアと南東(1346-1495年)、プラハ、ウィーン」

Ⅲ Das frühneuzeitliche Heilige Römische Reich
「近世の神聖ローマ帝国」
1 Reichsreform und Reformation: Zwischen Worms, Wittenberg und Augsburg
「帝国改造と宗教改革:ヴォルムス、ヴィッテンベルク、アウクスブルク」
2 Konfessionalisierung: Das Reich zwischen Trient, Kloster Berge und Heidelberg
「宗派化:トリエント、ベルゲ修道院、ハイデルベルクの間の帝国」
3 Dreißigjähriger Krieg: Von Böhmen nach Westfalen
「30年戦争:ボヘミアからヴェストファーレンへ」
4 Das Reich im Zeitalter des Absolutismus: Von der Türkenfront zur Rheingrenze
「絶対主義の時代の帝国:対トルコ前線からライン境界へ」
5 Das Ende des Reiches: Zwischen Berlin und Wien
「帝国の終焉:ベルリンとウィーン」

Ⅳ Ausblick: Orte vermitteln Geschichte - Erinnerungen an das Alte Reich
「展望:場所が仲介する歴史―旧帝国の記憶」

Ⅴ Anhang
「付録」
1 Stammtafeln
「系図」
2 Geburts-, Sterbe- und Begräbnisorte der Römischen Könige und Kaiser
「ローマ国王/皇帝の誕生地、死亡地、墓所」
3 Begräbnisorte der Römischen Könige und Kaiser (Karte)
「ローマ国王/皇帝の墓所(地図)」
4 Die Römischen Könige/Kaiser der Neuzeit als Wahlmonarchen des Heiligen Römischen Reiches
「神聖ローマ帝国の選挙制君主としての近代のローマ国王/皇帝」
5 Die Kurfürsten des Heiligen Römischen Reiches 1356-1806
「神聖ローマ帝国の選帝侯(1356-1806年)」

Ⅵ Quellen und Literatur
Ⅶ Register
Ⅷ Abbildungsnachweise

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ぼくは帝国国制史を専門としているわけではないですが、やはり中世から近世にかけて、神聖ローマ帝国が持っていたインパクトを無視するわけにはいきません。そんなわけで、ペーパーバック版の概説書があると、そんなぼくにはとっても便利なのです。暇を見つけてぱらぱら読み進めて行きたいな思います。ちなみに、2006年の記念の年に刊行された神聖ローマ帝国に関する数多くの研究をまとめて書評したものとして、次の文献が有益なようです。

Hechberger, Werner: Heilig - Römisch - Deutsch. Zur Bilanz einer Ausstellung, in: Historische Zeitschrift 288 (2009), S. 123-137.

Nicklas, Thomas: Müssen wir das Alte Reich lieben? Texte und Bilder zum 200. Jahrestag eines Endes - Revision der Literatur des Erinnerungsjahres 2006, in: Archiv für Kulturgeschichte 89/2 (2007), S. 447-474.
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by schembart | 2010-03-27 17:27 | 文献紹介 | Comments(0)
ZEIT-Geschichte. Das Mittelalter. Ausgabe 1/2010.
『ツァイト歴史編:中世』

新聞社「ツァイト」が発行している商業誌『ツァイト歴史編ZEIT-Geschichte』の最新号が「中世特集」だったので、駅のキヨスクで購入してぱらぱらと読んでいます。面白そうなエッセイや対談が盛りだくさん。ヨハネス・フリートやジャック・ル・ゴフ、それからクヌート・シュルツなど、まさに大御所と呼ぶに相応しい歴史家たちも登場しています。以下が目次。

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- Lobe und preise! - Das wunderbare Stundenbuch des Herzogs von Berry.
「ベリー公のいとも豪華なる時祷書」

- Zwischen Himmel und Hölle - Eine Zeitreise mit dem Historiker Johannes Fried.
「天国と地獄の間―歴史家ヨハネス・フリートとの時間をめぐる旅」

- Die Erfindung des Mittelalters- Geografie und Geschichte, Herrschaft und Zeit: Vier Versuche über eine rätselhafte Epoche. (Bernd Schneidmüller)
「中世の発明―地理、歴史、支配、そして時間:謎多き時代についての四つの試み」

- Im Anfang war das Buch - Wie das Mittelalter Glaube und Vernunft versöhnen wollte. (Achatz von Müller)
「はじめに本ありき―中世における信仰と理性の折り合いのつけかた」

- Das ideale Kloster - Der Sankt Galler Plan zeigt die Musteranlage einer Mönchsstadt.
「理想の修道院―修道士の町の模範的な構図を示すザンクト・ガレン図」

- »Verdammt ihr dies?« - Der große Liebende und radikale Neuerer Peter Abaelard. (Andreas Molitor)
「"呪わしくないのか?"―偉大なる恋愛者、根からの革新者ピエール・アベラール」

- Aufgang des Morgenlandes - Muslimische Gelehrte brachten wertvolles Wissen nach Europa. (Hindeja Farah)
「東洋の興り―ムスリム学識者によりヨーロッパにもたらされた価値ある知」

- Der Glanz des Ostens - Theophanu, Kaiserin und Botin byzantinischer Kultur. (Maren Preiß)
「東の輝き―皇后テオファヌ、ビザンツ文化の使者」

- Unter den Flügeln des Löwen - Venedigs Aufstieg zur größten See- und Handelsmacht Europas (Friederike Hausmann)
「獅子の翼の下で―ヨーロッパ最大の海上・商業権力へのヴェネツィアの興隆」

- Wer Wucher trieb ...- Warum es im Mittelalter keinen Kapitalismus gab. Der Mediävist Jacques Le Goff im Gespräch.
「高利をむさぼる者は…―なぜ中世には資本主義はなかったか。中世史家ジャック・ル・ゴフとの対談」

- Einung, Recht und Freiheit - So erkämpfte sich das städtische Bürgertum die Macht (Knut Schulz)
「盟約、法、自由―こうして都市の市民は力を勝ち取った」

- Die Wunder zweier Welten - Wie Marco Polo China bestaunte und Rabban Bar Sauma bis nach Europa kam. (Eva-Maria Schnurr)
「二つの世界の驚異―中国を見たマルコ・ポーロの驚嘆と、ラバン・バール・サウマーのヨーロッパへの旅」

- Bilder der Schöpfung - Mittelalterliche Weltkarten und wie man sie versteht (Felicitas Schmieder)
「世界の姿―中世の世界図とその理解の仕方」

- Gottes Hochhäuser - Reims! Amiens! Laon! Paris! Unterwegs im Land der Gotik (Christoph Dieckmann)
「神の高き家々―ランス!アミアン!ラン!パリ!ゴチックの国の途中下車」

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ちなみにフリート対談、ル・ゴフ対談、そしてモリトール氏のアベラールに関するエッセイは、ウェブ上でも公開されています。こちら

86歳のル・ゴフは、まだまだお元気そうですね。「中世は、なんと言っても木材の世界だったんだ(Das Mittelalter war überwiegend eine Holzwelt)」なんて彼が言うのを聞くと、ぼくも嬉しくなってしまいます。他のエッセイも、たくさん美しい写真が添付されていて、ぱらぱらめくっているだけで十分に楽しめます(とくにシュミーダー先生のエッセイに付された世界図がなんとも不思議な代物で面白い)。ぼくも時間を見つけてはぱらぱら読み進めていきたいと思います。
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by schembart | 2010-03-25 18:39 | 文献紹介 | Comments(4)
12人兄弟館(Zwölfbrüderhausstiftung)というのは、もう働くことのできない老人を受け入れて、その世話をするという、今でいう養老院のような機能をもった福祉施設です。

フランドルの男子ベギン館(Begardenhäuser)の影響を受け、14世紀末にニュルンベルクでも12人兄弟館が設立されました。入居を許されるのは、年老いて働くことができず、そのために生計を立てていくことができないニュルンベルクの手工業者に限られましたが、12人兄弟館はそこで老人たちのお世話をし、その最期を看取ったのです。12人兄弟館は都市参事会の保護下に置かれており、都市の福祉政策の一翼としても機能していました。

ニュルンベルクには、メンデル12人兄弟館とランダウアー12人兄弟館という二つがありました。

メンデル12人兄弟館(Mendelsche Zwölfbrüderhausstiftung)
ニュルンベルクの都市門閥コンラート・メンデル(Konrad Mendel)が1388年に創設。メンデル家はカルトゥジオ教会(Kartäuserkirche)の創設にも関わっており、多くの奇進行為で有名です。ちなみに、このようなニュルンベルク都市門閥による奇進については、原田晶子「寄進の変容と継承にみる後期中世ドイツの市民と教会―帝国都市ニュルンベルクの両教区教会を例にして」(『年報地域文化研究』5 (2001), 230-251頁)が参考になります。

ランダウアー12人兄弟館(Landauersche Zwölfbrüderhausstiftung)
鉱山経営で富を蓄えたニュルンベルクの大商人マテウス・ランダウアー(Matthäus Landauer)が、メンデル家12人兄弟館をお手本として、1501年に創設。

『12人兄弟館の書(Zwölfbrüderbücher)』は、この兄弟館に入居した手工業者たちの名前、職業、その姿、そして死亡の記録を描いた文書です。この記録は、中世後期から帝国都市としての資格を剥奪される1806年まで、途絶えることなく残されています。手工業者の仕事の様子が詳細に描かれており、歴史研究にとって非常に重要な史料なのです。とても有名ですので、どこかでちらっと目にしたことのある方も多いのではないでしょうか。

ニュルンベルク市立図書館(Stadtbibliothek Nürnberg)に所蔵されているその『12人兄弟館の書』が、デジタル化されて公開されています。

"Die Hausbücher der Nürnberger Zwölfbrüderstiftungen: Digitale Erschließung und Edition von Handwerkerdarstellungen des 15.-19. Jahrhunderts"
「ニュルンベルクの12人兄弟館の書:15~19世紀の手工業者描写のデジタル化とその公刊」

手工業者たちの働く姿を眺めているだけでも楽しめます。史料に出てくる手書きの文字もトランスクリプトされているので、手書き文書の解読に慣れたい方にも有益です。『メンデル文書』には、手工業者を描いた絵が765点、『ランダウアー文書』には406点が収録されています。それにしても、本当にいろいろな種類の職業があったものですね。時間を見つけてじっくりと閲覧してみようと思います。

ちなみに、ニュルンベルクの12人兄弟館については、阿部謹也『中世の窓から』(朝日選書、1993年)に詳細な記述があったように思います。ぼくは高校生のころにこの本を読んで「ああ歴史はなんて面白いんだ」と熱くなったのですが、きっと専門家以外の方が読んでも楽しめる内容だと思います。お薦めの一冊です。
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by schembart | 2010-03-20 20:03 | サイト紹介 | Comments(0)

春がそこまで

みなさま、ハロー。

ようやくアウクスブルクも春らしくなってきました。日本だと桜が咲き始める季節でしょうか。もうすぐ卒業式の時期ですね。

街中を歩く人々の姿も増え、その顔立ちもなんだか少しだけ明るくなったように思います。毛糸の帽子とマフラーをして歩いていると、じわっと汗も出てきます。外でお茶をする人もたくさん見るようになりました。
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数日前までは雪が残っていた市庁舎前広場でも、若者たちがたむろしてなんとも楽しげです。春がもうそこまで来ています。
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寒いとニュルンベルクまで出るのがなんとも億劫で、一時帰国からこちらに戻ってからは、ずっと部屋や大学の図書館に引きこもって文献を読んで過ごしていたのですが、暖かくなってきたことですし、気も新たにまた明日から文書館通いを再開させようと思います。根が怠け者ですので、よっこらせと声に出しながら、ずいぶんと重たくなった腰を持ちあげなくてはなりません。よっこらせ。

花粉が厳しい季節でもありますが、ドイツだと花粉の種類が違うからでしょうか、ありがたいことにあの苦しみを味わうこともありません。花粉症の皆様、なんとか乗り切ってください。ドイツの地からお祈りしております。

みなさまに素敵な春がやってきますように。
それでは、また。
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by schembart | 2010-03-19 00:05 | 留学生活 | Comments(0)
Der Pfinzing-Atlas von 1594. Eine Ausstellung des Staatsarchivs Nürnberg anläßlich des 400jährigen Jubiläums der Entstehung, hrsg. v. Generaldirektion der Staatlichen Archive Bayerns, München 1994.
展示会カタログ『1594年のプフィンツィング地図』

帝国都市ニュルンベルクとその周辺地域を詳細に描いた『プフィンツィング地図』(1594年)は、地図学(Kartographie)ではとても名の知れた作品です。1994年、作品成立400周年を記念して、ニュルンベルクで展示会が開かれまして、そのカタログが刊行されています。同時に『プフィンツィング地図』のファクシミリ版も刊行されたのですが、そちらはとても高価な代物ですので、カタログだけで我慢することに。

地図の制作者は、ニュルンベルクの都市貴族パウル・プフィンツィング(Paul Pfinzing; 1554-1599)。この地域ではとても名の知れた人物です。ニュルンベルク近郊のヘルスブルック(Hersbruck)には、彼の名にちなんで、パウル・プフィンツィング・ギムナジウム(Paul-Pfinzing-Gymnasium)という学校もあります。ギムナジウムのサイトには、彼の生涯とその業績を紹介するエッセイが掲載されています。こちら

16世紀のニュルンベルクは地図学の分野では突出した地位にありまして、重要な人物をたくさん輩出しております。例えば、前に紹介したコッホレウス『ゲルマニア略述』(1512年)添付のドイツ地図を作成したエアハルト・エッツラウプ(Erhard Etzlaub; um 1460-1532)や、あるいは世界初の地球儀を作ったマルティン・ベーハイム(Martin Behaim; 1459-1507)もニュルンベルクと深い縁のある人物です。(Vgl. P. Fleischmann, Kartographie, in: Stadtlexikon Nürnberg, S. 522)

さて『プフィンツィング地図』は、34枚の地図を収録しています。ぼくにとって特に興味深いのは、ニュルンベルク周辺に広がる都市支配領域("Nürnbergisch Territorium")や帝国森林を詳細に描いたいくつかの地図です。当時ニュルンベルクは、ブランデンブルク辺境伯との間に境界や高級裁判権、あるいは森林での狩猟権などをめぐって長いこと争いを繰り返していました。16世紀末に紛争は泥沼化し、帝国の帝室裁判所(Reichskammergericht)に持ち込まれるまでに至ります。じつはこの『プフィンツィング地図』、そのさいに都市側が重要な証拠物件として裁判に提出するために作成されたものだったのです。ちなみにプフィンツィングは市長職や森林管理官(Waldherren)などの要職を歴任しています。こういった経緯から、その後この地図は「都市の重要な機密」として市庁舎の文書庫に大切に保管されることになりました。

このような「都市の機密」には、他にも、17世紀初頭にヨハネス・ミュルナー(Johannes Müllner)によって書かれた大部の歴史書『年報(Die Annalen der Reichsstadt Nürnberg von 1623)』などがあります。この『年報』もまたなかなか興味深い歴史書ですが、話し出すとまた長くなってしまいますので、いつか改めてご紹介したいと思います。

さてプフィンツィングですが、彼は地図制作のみならず、土地の測定技術の分野でも活躍していまして、『測量術』(Methodus Geometrica, 1598)や『測量術・遠近法術概要』(Ein schöner kurtzer Extract der Geometriae und Perspectivae, 1599)といった作品を残しています。測定術の歴史的な展開については、ぼくはまだまだ知らないことばかりですが、少しずつ勉強していきたいなと思っているところです。ちなみに、以下の文献が参考になります。

加藤玄「都市を測る―フランス測量術書にみる尺度と境界」高橋慎一朗/千葉敏之編『中世の都市:史料の魅力、日本とヨーロッパ』東京大学出版、2009年、69-93頁。
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by schembart | 2010-03-16 02:37 | 文献紹介 | Comments(0)
Cochlaeus, Johannes: Brevis Germanie Descriptio (1512), mit der Deutschlandkarte des Erhard Etzlaub von 1512, herausgegeben, übersetzt und kommentiert von Karl Langosch, Darmstadt 1960.
ヨハネス・コッホレウス『ゲルマニア略述(1512年)』

人文主義者にしてマルティン・ルターの敵対者としても有名なヨハネス・コッホレウス(1479-1552)は、彼が1512年に著した地理書『ゲルマニア略述』のなかで、まるまる一章を費やしてニュルンベルクをゲルマニアおよびヨーロッパの中心地として称賛しています。当時のいわゆる「都市称賛」の典型的な文章として有名です。コッホレウスのこの作品については、以下のエッセイでも紹介されています。

林良彦「〔エッセイ〕ニュルンベルクのイメージ―中世から近代、そして現代へ―」京都大学大学院文学研究科21世紀COEプログラム「グローバル化時代の多元的人文学の拠点形成」『ヨーロッパにおける人文学知形成の歴史的構図 NEWSLETTER』No. 8, 2007/02, 3-7頁.

この『ゲルマニア略述』ですが、カール・ランゴッシュによるドイツ語翻訳、解説が付されて刊行されたのが1960年のこと。なんと本書が、スイス史家として有名なフリブール大学のフォルカー・ラインハイト教授(Prof. Dr. Volker Reinhardt)の序文を新たに付して来月に再版されるようです。こちら。 ゲルマニア・ブームの再来でしょうか。

本書は8章から成ります。以下が目次。

Ⅰ De vetustate et rebus gestis Germanorum.(ゲルマニアの古代と歴史について)
Ⅱ De rebus Germanorum usque tempora nostra.(今日までのゲルマニアの歴史について)
Ⅲ De statu presenti situque Germanie.(現在のゲルマニアについて)
Ⅳ De Norinberga, Germanie centro.(ゲルマニアの中心、ニュルンベルクについて)
Ⅴ De parte meridionali Germanie.(ゲルマニアの南方について)
Ⅵ De latere orientali Germanie.(ゲルマニアの東方について)
Ⅶ De regione septentrionali Germanie.(ゲルマニアの北方について)
Ⅷ De tractu occidentali Germanie.(ゲルマニアの西方について)

どの章もたくさんの問題を提起してくれそうで興味深いのですが、ぼく自身の関心からすると、やはりニュルンベルクを取り上げた第4章が気になるところです。コッホレウスは35節にわたってニュルンベルクを称揚していきます。内容を紹介する代わりに節のタイトルを挙げてみますと、

1. Norinberga centrum Europa simul atque Germanie.(ゲルマニアおよびヨーロッパの中心地)
2. Emporium aptissimum.(最も適した商業地)
3. Idiomate quoque media est.(言語においても中心)
4. Media et virtute.(能力の点でも中心)
5. Ubique in Europa Norici mercatores.(ヨーロッパの至る所にニュルンベルク商人がいる)
6. Urbis ista in sterili solo.(都市は不毛の地にある)
7. Menibus splendidissima.(市壁で威厳高く)
8. Arce munitissima.(城塞によりしっかりと防御され)
9. Portis cautissima.(市門によりしっかり守られ)
10. Amne commodissima.(川の恵みは豊かで)
11. Aqueductu mundissima.(水道によりとても清潔で)
12. Edificiis excellentissima.(建築物において素晴らしく)
13. Architectis prestantissima.(建築局長において群を抜く)
14. Domus frumentarie.(穀物庫)
15. Domus armorum.(武器庫)
16. Pretorium.(市庁舎)
17. Forum negociatorium.(商業の市場)
18. Pratum Hallerium.(ハラーの草原)
19. Reliqua fora.(その他の市場)
20. Tres ordines populi.(三身分)
21. Virtus economica.(経済力)
22. Virtus moralis, iusticia.(モラルの質、司法)
23. Censores.(監察官)
24. Pietas.(信心深さ)
25. Hospitalia.(ホスピタル)
26. Elemosyne.(慈善)
27. Redditus pietatis.(敬虔なる奇進)
28. Ingenii vigor.(生まれついての活力)
29. Artificum solertia.(芸術家の創意)
30. Albertus Durer.(アルブレヒト・デューラー)
31. Joannes Neuschel.(ヨハネス・ノイシェル)
32. Petrus Fischer.(ペーター・フィッシャー)
33. Erhardus Etzlaub.(エアハルト・エッツラウプ)
34. Petrus Hele.(ペーター・ヘレ)
35. Certamen musicum.(音楽コンクール)

となります。訳がこなれていませんが、どうかご勘弁を。それほど長いものではないですし、ドイツ語訳もあるので、そちらを参照しながらぱらぱら読み進めています。でもこうしてつらつらと節のタイトルだけ書き出してみると、これと言って面白そうな内容でもなさそうですね…。きっと他の章のほうが、興味深い内容を含んでいるように思えてきました…。なんであれ、あんまり自らの都市や国を称賛ばかりしている文章というのは、読み物としてあんまり面白いものではないのかもしれません。
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by schembart | 2010-03-13 05:06 | 文献紹介 | Comments(0)

『川は誰のものか』

菅豊『川は誰のものか―人と環境の民俗学』吉川弘文館、2006年

ちょうどぼくが博士論文のテーマを「中近世ドイツ都市における森林政策およびその木材供給」と定め、なにはともあれ関連しそうな文献を手当たり次第に読みあさっていたころに出会ったのが本書です。ちょうど刊行されて間もない頃でした。今回の一時帰国のさいに改めて手に取りまして、そのままドイツまで持参した次第です。

著者の菅豊氏は民俗学を中心に多くの分野で活躍中で、現在は東京大学東洋文化研究所の教授。ホームページは、こちら

新潟県の山北町。サケが遡る大川とそこでサケ漁を営むムラのひとたちが本書の主人公。「日本のコモンズの様相を、歴史学的に、そして民俗誌的に詳細に検討すること」を目的とする本書は、「具体的な史資料に基づいて」「ひとつの「小さな」地域において、三百数十年間にわたるコモンズの生成と変容を微視的に描き出」していきます(「あとがき」より)。ひとつの地域史研究として上記の博士論文を構想中のぼくには、とくに近世の大川のサケ漁の歴史を扱った部分がなんとも示唆深く、刺激的でした。以下が目次です(勝手ながら、近世の章以外は節のタイトル省略)。

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川は誰のものか?―プロローグ

川と人々のつきあい
 サケが遡るムラ
 伝統的な自然とのつきあい
 
共的資源 コモンズとしての川
 共的に管理する川
 共的な財産としての川

近世のコモンズの歴史
 コモンズの誕生
  (サケガワの誕生/ムラ連合のサケガワ管理/ムラ連合からムラへのサケガワ管理の移行)
 コモンズをめぐる争い
  (ムラとムラとの川争い/「村の川」の確立)
 川の流域管理
  (川をめぐるルール/流域管理の必要性/上流と下流の川争い/村の言い分)
 コモンズとしての川の近世的性格
  (消えた漁法、残った漁法/ムラのコモンズ、地域のコモンズ/支配者とコモンズ/葛藤が生んだコモンズ)

コモンズと近代国家
 「公益」の発見
 「資源保全」は「公益」
 「公益」の正当性―国家による価値の創造
 「公益」という言葉がもつ力
 コモンズとしての川の近代的性格

コモンズの現代的変容
 コモンズで楽しむ人々
 変わりゆく現代のコモンズ
 コモンズはどこへ行くのか?

川はみんなのものである―エピローグ
あとがき
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上流と下流の「川争い」、漁のやり方や漁場をめぐって展開する隣り合うムラ同士の争いの様相は、おそらくは日本以外の多くの地域でも確認されるのではないかと思います。それはそうとして、近世の章の終わりの部分で、菅氏が導き出した結論がなんとも示唆的なので、ちょっと長くなりますが、引用したいと思います。

***********
 長年研究されてきたコモンズ論では、コモンズは、自然環境や自然資源を、それぞれがおかれたさまざまな条件の下で、「持続可能」な形で利用、管理、維持していく仕組みとしてとらえられてきた。(中略)そこでの中心課題は、人間と自然・資源との関係性にある、といっても差し支えなかろう。
 しかし、近世数百年にわたって持続的にサケという資源を維持してきた―これを豊かな資源と楽観しない方がよい―大川には、人と自然(川)・資源(サケ)との関係性だけではない重要なものが立ちあらわれている。川をめぐる仕組みによって、この関係性が網の目のように川の中に張り巡らされている。これは、大川に今もってサケ資源が残存してきたことと無縁ではない。だが、その関係性は、自然と資源を守ることを一義的なものとして生み出されたのではなかった。あくまで、自然や資源を利用する人々の間の関係性を守ろうとするものであった。そのように見ると、コモンズ論でまず最初に考えなければならないのは、人間と自然・資源との関係性ではなく、人間と人間との関係性であることは明らかである。
 「人間―人間の関係性」を持続可能な形で管理、維持することが、タイトなコモンズの最も原理的なあり方だと私は思う。そして、この「人間―人間の関係性」が持続可能性をもつことが、「人間―自然・資源の関係性」の持続可能性と大きく関わっているのである。コモンズは、環境や資源の保全システムである以上に、人間生活の保障システムであることを、近世的コモンズは教えてくれる。
(本書、99-100頁)
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「コモンズのありかた」を検討することが第一の目標とはならない歴史学者にとっても、多くの示唆を与えてくれる結論だと思います。ドイツ中近世史を代表する歴史家ペーター・ブリックレの「森は誰のものか?」という論考では、森をめぐる様々な人間集団間の争いが第一の関心事となっています(Blickle, Peter: Wem gehörte der Wald? Konflikte zwischen Bauern und Obrigkeiten um Nutzungs- und Eigentumsansprüche, in: Zeitschrift für Württembergische Landesgeschichte 45 (1986), S.167-178)。以前に紹介しましたJ.ラートカウもまた、人間集団間の関係性を考察することが「人間―自然」間の関係性を見ていくうえでまずもって重要であると言っています。

きっと、歴史学と(環境)民俗学の豊かな対話が可能となるのではないだろうか…、と思っていたら、すでに菅氏は昨年の史学会(日本を代表する歴史学の学会)の大会「環境と歴史学」で報告されているではないですか。西洋史からは報告者はいなかったみたいですが、どんな議論が展開されたのかぜひ聞いてみたかったなぁ。ずいぶんと柄の大きいテーマですので、議論はかみ合ったのでしょうか。活字化されるのを心待ちにしております。

ずいぶんと刺激的な読書となったので、そんなしびれた頭のままで、また自分の研究にじっくりと向き合いたいと思います。
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by schembart | 2010-03-10 02:37 | 文献紹介 | Comments(0)
南ドイツはまだまだ寒い日が続いております。今日は太陽も出て良い天気なのですが、日中の最高気温は1~2℃で、夜中にはマイナス10℃近くまで下がる模様。寒さに負けず、お買い物ついでに街中を散策してきました。

久しぶりに町の市場(Stadtmarkt)に行ってきました。新鮮な野菜や果物、それから花屋さんや小物屋さんが並んでいます。
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市場の隣には、20店舗ほどの屋台が集まった大きなホールがあります。お昼時には、ご飯を食べにたくさんの人達が集まってきて、とってもにぎやかです。市場は都市文書館の近くにあるので、文書館に通っていたころは、よくぼくもお昼ご飯を食べにやってきたものです。

正午前だったので、まだ人はまばら。
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その中でも、ぼくのお気に入りはトルコ料理屋さんのドェナー・ケバブ。アウクスブルクにもケバブ屋さんはたくさんあるのですが、ぼくはここのケバブが一番好き。焼きたてのナンがなんとも言えず香ばしく、ボリュームも満点です(ドェナー大、3.5€。ドェナー小、1.8€)。
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アップでもう一枚。美味しそうじゃありませんか?
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まだ雪が残っていますし、吹く風は頬に冷たいのですが、太陽が出て青空が広がっているので気持ちも明るくなります。お腹もいっぱいで、気分よく寮へと戻ってきました。

おまけのペルラッハ塔。
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by schembart | 2010-03-08 22:18 | 留学生活 | Comments(0)
アウクスブルク大学中世史講座が運営するサイト『中世史:デジタルによる研究入門』に、新たなフィルム「女性史・ジェンダー史研究(Frauen- und Geschlechtergeschichte )」が上がっておりましたのでご紹介します。こちら。

今回の講師は、初期中世史の専門家でハイデルベルク大学のマルティーナ・ハルトマン(apl. Prof. Dr. Martina Hartmann)教授。東フランク王国の王妃エマ(Hemma; um 808 - 876)が眠るレーゲンスブルクの聖エムメラム修道院(St. Emmeram)が撮影の舞台となっています。残念ながら英語字幕はまだ付いてません。

女性史研究のきっかけとなったアメリカのフェミニズム運動、女性史研究が歴史学研究にもたらしたインパクト、中世という時代に即した女性史研究の難しさ(史料の問題)、中世史の分野で行われたこれまでの重要な研究(Edith Ennen, Hans-Werner Goetz, Werner Affeldt)、女性に限らず性別一般に関する歴史研究(ジェンダー史、性別史)、今後の女性史研究の課題(例えば、王妃や修道女の事例のみならず、一般女性の生活をより細やかに研究する)などが語られています。

ドイツ語文献に限られていますが、主要な研究文献の目録(Literaturhinweise)も付いてますので、関心のある方はそちらもぜひご参照ください。役に立つかと思います。

ちなみにエンネンの著作は日本語にも翻訳されています。

エーディト・エンネン著、阿部謹也/泉真樹子訳『西洋中世の女たち』人文書院、1992年
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by schembart | 2010-03-07 04:43 | サイト紹介 | Comments(0)