中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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橇下りの雪山へ

昨日のなんちゃって山岳隊は、ひさびさに雪山登りに行ってきました。ヴァルベルク(Wallberg)の頂上を目指します。雪に足をとられ、普通の登山よりも体力をつかいますが、青空の広がる気持ちの良い登山日和。眼下にはテーゲルン湖(Tegernsee)が広がっています。寒かったけど、歩き始めると身体もほてってきます。
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頂上付近には小さな教会がありました。じつはここまではロープウェイで登ることができるのです。この山にはそり滑り場もあって、子供たちだけじゃなく、大人たちもみんなわーわー言いながらそり滑りを楽しんでいました。ぼくらが苦労して登ってきた山を、みんな気持ちよさそうに滑っていきます。いいなぁ。楽しそう。
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登山隊は、そんなそり滑りを横目に頂上を目指します。頂上はさすがに寒かったですが、ほんとうに気持ち良かったぁ。景色も最高に良かったです。
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疲れてしまったなんちゃって山岳隊は、ロープウェイで山を下ることに。貸しそりがなかったのは残念。帰りは美味しいドイツ料理を出すレストランへ。ぼくは鶏肉と野菜のラタトゥーユを注文。美味しかったぁ。今回も素敵な一日となりました。雪山で普段使わない足の筋肉を使ったので、くたくたになってアウクスブルクまで戻り、夜もぐっすりと眠れましたとさ。
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by schembart | 2011-01-30 19:45 | 登山 | Comments(2)

史料調査の再開

今日からアウクスブルク市立(臨時)文書館で史料調査を再開いたしました。2009年暮れから数えて一年とちょっと。ようやくアウクスブルクの文書にもアクセスできるようになったので、雪の降る中、朝早くから意気込んでAKS出張所(Außenstelle AKS)まで行ってきました。

水曜日だけの制限付き再開。しかも、AKS出張所の閲覧室には、6人分しか席が用意されていません。事前予約が必要なのももっともです。でも、前にも書きましたが、ドイツ語圏以外からの研究者には、優先的にメールでの予約が認められているので、本当にありがたい。この優遇措置を享受しているのは、いまのところぼくだけみたいですので、なんだか恐縮しつつも、これからもありがたく利用させてもらうつもりです。

久しぶりに文書館員のみなさんに会えたのが、なんだかとっても嬉しかったです。「また来ましたね」と、温かく迎えてもらいました。ただし、ぼくが事前に注文していた段ボールは、まだ整理中で、2・3カ月後にならないと見られないらしいことが判明。順番に整理しているみたいだから、まぁ仕方がありません。その代わりに文書館員さんが渡してくれたのが、この移転期間中に新たに作成された「(史料探索のための)目録(Findemittel)」です。

「食糧管理局(Proviantamt)」の文書は、ずっとこれまで整理されていない状態でしたので、研究者が扱うのはとっても難しい代物でした。例えば、ベルント・レック教授もその博士論文『アウクスブルクのパン屋、パン、穀物』において、食糧管理局が都市の穀物供給に対して決定的に重要な役割を果たしたにもかかわらず、「(史料の未整理のために)この研究では、食糧管理局の文書群を体系的に扱うことは適わなかった」と述べています(35頁)。その食糧管理局の文書・帳簿の類が、この度の害虫被害・移転問題にともなって、体系的に整理し直され、「目録」にまとめられたというわけです。

そのなかに、ぼくの研究にとっても重要となりそうな史料がたくさん見つかりました。例えば、「森林書記の年間会計簿(Jahresrechnung des Waldschreibers)」は、1555年から1607年まで、欠落を含みつつも、40冊近くが帳簿として現存しているようです。それから「森林書記の月間会計簿(Monatsrechnung des Waldschreiber)」も20冊ほど。そのほかに、「筏流し帳簿(Floßleutebücher)」も。これらほぼすべてが、これまで歴史家による十分な分析を受けずに眠っていたわけです。これは、ぼくが勝手に言っているわけではなく、文書を整理し「目録」を作成した文書館員さんがそう記しているのです。

さて、どうするか…。なによりもまず手にとって中身を確認しないことには何とも言えませんが、今日、試しに注文して一冊だけ見せてもらった感じだと、ずいぶんと使えそうな代物です。これまで、史料がないから数量的な分析は難しい、などと言ってお茶を濁していたけれど、それは間違った認識だったのです。「史料がない」というのは、そう簡単に歴史家が口にするべき言葉ではないのでしょう。大方、知らないだけなのです。反省。おそらく、かなりの量のデータを集めて、分析することができそうな予感です。さて、どうするか…。史料が大量にある、というのは考えてみると、幸せな悩みではあるけれど、本当にぼくが扱えるような代物だろうか…。さて、どうするか…。できる限り、やってみるしかありません。この史料群をちゃんと使いこなせたら、誰が何と言おうと、ぼくは自信を持って社会経済史家を名乗ります。そういう仕事は、何と言っても、評価に値すると思うから。でも、どうなることやら…。史料の渦に飲み込まれそうな時には、もういちど立ち止まって、自分の問題意識をはっきりさせることが重要なのだろう。きっと。

本当はこんなブログなんて書いてないで、ただひたすらに史料を読み込んで、論文として発表するのが、なによりもカッコイイのだろうなぁ。まぁ、史料調査は再開したばかりだし、どうしたって水曜日にしか史料には触れられないのです。じっくり考えてみようと思います。
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by schembart | 2011-01-27 04:04 | 研究 | Comments(2)

プロのお仕事

ずいぶんと時期遅れの話題で恐縮ですが、昨年の暮れに行われた「ヒムペキ兄さん大会」でのヒムペキ大賞曲(ベスト・ヒムペキ・ソング)は、いつ聞いてもカッコよく、その完成度には感動すら覚えます。この一か月でどれほど繰り返し聞いたことか…。あの「if...」や「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」、あるいは「たきび」を抑え、圧倒的な存在感で大賞をかっさらったのは、まさかの新曲「ココロオドル」。

「東海道本線各駅停車の駅名全てを言いきって女子にかっこいいと思われる曲を作ってく­ださい」というリクエストに対し、びっくりするほどのクオリティでもって応えるヒムペキ兄さん。すばらしい。曲を聴いて設楽さんも「何のためにこんなことしてるの!?」と言っていたけど、これこそ「プロのお仕事」の秘密なのだと思います。こちら。ぼくもこういう「仕事」ができる「プロ」でありたい。

小山マネージャーとのデュエット「アイ・オブ・ザ・タイガー」もぼくは大好きです。リクエストは「周囲の人に夫婦喧嘩を見られても恥ずかしくないようなかっこいい夫婦喧嘩の歌作って­もらえませんか?」というもの。ほんと、力が抜けちゃいます。こちら
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by schembart | 2011-01-25 15:52 | 留学生活 | Comments(0)
前から宣伝していましたが、以下の論文が刊行されました。

渡邉裕一「16世紀後半における薪節約術の発明とその社会背景―ニュルンベルク市民レオンハルト・ダンナーへの特権授与を手掛かりに」『西洋史論叢』 第32号(2010年12月)、59-69頁

紙幅の関係上、史料は翻訳したものしか載せてませんが、ドイツ語原文は去年の10月に宗教改革史研究会で報告させてもらったときの配布資料に掲載されておりますので、ご関心のある方はこちらの「レジュメ」「資料編」もご参照下さい。

昨年の夏に行ったウィーンでの史料調査とその分析が本論文の肝となります。脱稿したのは、まだまだ暑い日の続く9月でしたが、雪の降るこの寒い時期に刊行されたのも何かのご縁。暖をとるためにも薪の節約が切迫した課題であった近代以前の社会を妄想しながら、手にとってお読みいただければ嬉しく思います。大学図書館などに足を運んで手にとってもらえると、それに勝る喜びはありませんが、今すぐ読みたい!という奇特な方がいらっしゃいましたら、以下のアドレスまでご一報くださいな(schembart10あっとまあくyahoo.co.jp)。コピーのpdfをお送りいたします。

追記:
お読みいただいた方で、もしご感想・批判がありましたら、ぜひコメント頂ければ嬉しいです。まだ自分では客観的に判断できないので…。どうぞよろしくお願いいたします。(2011年1月25日)
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by schembart | 2011-01-23 22:40 | 研究 | Comments(0)
Jörg Rogge, Für den gemeinen Nutzen. Politisches Handeln und Politikverständnis von Rat und Bürgerschaft in Augsburg im Spätmittelalter, Tübingen 1996.
イェルク・ロッゲ『共通の利益のために:中世後期アウクスブルクにおける市参事会と市民の政治的行為と政治理解』

現マインツ大学中世史講座のイェルク・ロッゲ教授が1993年にビーレフェルト大学に提出した博士論文です。ロッゲ教授の研究業績等は、こちら。本書は、中世後期アウクスブルクの都市史に関して、キースリング先生の博士論文と並んで、よく参照される研究となっております。以下が目次。

*****
Dank(謝辞)
Einleitung(はじめに)

I Grundstruktur der Zunftverfassung
ツンフト市制の基本構造

1. Die Zünfte und der Große Rat
 ツンフトと拡大参事会
2. Der Kleine Rat, der Alte Rat, die Dreizehner
 小参事会、古参事会、13人委員
3. Wahlen
 選挙

II Augsburg um 1460
1460年頃のアウクスブルク

1. Augsburg als Reichsstadt
 帝国都市としてのアウクスブルク
2. Außenpolitische Situation und Wirtschaft
 外政情勢と経済
3. Sozialstruktur und Tendenzen der gesellschaftlichen Entwicklung
 社会構造と社会発展の趨勢

III Die Innenpolitik 1460 bis 1479: Krise und Reformversuche
1460年から1479年までの市政:危機と改革の試み

1. Die Krise von 1466
 1466年の危機
 1.1. Die Ungeldunruhen
  消費税騒擾
 1.2. Die Verfassungsreform
  市制改革
 1.3. Fazit und Bewertung
  まとめと評価
2. Der Bürgermeister Ulrich Schwarz
 市長ウルリヒ・シュヴァルツ
 2.1. Der politische Aufstieg von Ulrich Schwarz
  ウルリヒ・シュヴァルツの政治的昇進
 2.2. Die Verfassungsänderung von 1476
  1476年の市制変革
 2.3. Der Prozeß gegen Hans und Leonhard Vittel
  ハンスおよびレンハルト・フィッテル兄弟に対する裁判
 2.4. Die Verhaftung und Verurteilung von Ulrich Schwarz 1478
  1478年のウルリヒ・シュヴァルツの逮捕と有罪判決
 2.5. Das Politikverständnis von Ulrich Schwarz
  ウルリヒ・シュヴァルツの政治理解
 2.6. Fazit und Bewertung
  まとめと評価

IV Augsburg um 1480: auf dem Weg zum Wirtschaftszentrum
1480年頃のアウクスブルク:経済中心地への途上で

1. Die außenpolitische Situation
 外政的状況
2. Die wirtschaftliche Entwicklung
 経済上の発展
3. Sozialstruktur und Tendenzen der gesellschaftlichen Entwicklung
 社会構造と社会発展の趨勢

V Die Kosten des : die Folgen der wirtschaftlichen und sozialen Entwicklung für die Handwerkerzünfte
「黄金の時代」の費用:手工業ツンフトに対する経済・社会発展の帰結

1. Das Beispiel der Weber: Der Streit um das lange Garn
 職布工の事例:長糸をめぐる争い
2. Das Beispiel der Schuster: Der Konflikt um die Renovierung des Zunfthauses
 靴屋の事例:ツンフトハウス修理をめぐる紛争
3. Weitere innerzünftische Auseinandersetzungen (Kramer, Schuster, Metzger, Schäffler, Hucker)
 ツンフト内におけるその他の対決(雑貨商、靴屋、肉屋、桶屋、荷運び人)
4. Fazit und Bewertung
 まとめと評価

VI Die Ratspolitik 1480 bis 1525: Sicherung der innenpolitischen Stabilität
1480年から1525年までの参事会政策:市政の安定化

1. Reorganisation und Ausbau der Exekutive
 執行機関の再編成と拡充
 1.1. Die städtischen Amtleute
  都市の役人
 1.2. Die Gassenhauptleute
  街路長
 1.3. Die Scharwächter
  見回り人
 1.4. Das Stadtgericht
  都市裁判所
2. Stärkung der politischen Unabhängigkeit des Kleinen Rates
 小参事会の政治的独立性の強化
 2.1. Der Rat und die Zünfte
  参事会とツンフト
 2.2. Der Rat und die Herrentrinkstubengesellschaft
  参事会と門閥酒房団体
  2.2.1. Die Entstehung und Organisation der Herrentrinkstubengesellschaft
   門閥酒房団体の成立と組織
  2.2.2. Die Auseinandersetzung zwischen dem Rat und der Herrentrinkstubengesellschaft um die Zulassung von neuen Stubenmitgliedern 1514 bis 1517
   1514年から1517年までの新酒房会員の認可をめぐる参事会と門閥酒房団体との対立
  2.2.3. Fazit und Bewertung
   まとめと評価
 2.3. Städtische Sozialpolitik
  都市の社会政策
  2.3.1. Armut als Problem der Politik
   政治問題としての貧困
  2.3.2. Lösungsversuche: die Almosen- und Bettelgesetzgebung
   解決の試み:喜捨・乞食立法
  2.3.3. Fazit und Bewertung
   まとめと評価
3. Funktion und Bedeutung des Großen Rates
 拡大参事会の機能と意義
4. Reaktionen auf die Ratspolitik aus der Bürgerschaft: die Forderung von "brüderlicher Einigkeit" 1524
 参事会政策に対する市民のリアクション:1524年の「兄弟のような一致」の要求
 4.1. Die Ereignisse vom 6. bis 12. August 1524
  1524年8月6日から12日までの事件
 4.2. Sozialprofil und politische Motive der protestierenden Bürger
  抵抗する市民の社会的プロフィールと政治上の動機
 4.3. Elemente des Politikverständnisses der protestierenden Bürger
  抵抗する市民の政治理解の諸要素

Zusammenfassung: Thesen für die Gesamtinterpretation des Verhältnisses von Rat und Bürgerschaft 1460 bis 1525
まとめ:1460年から1525年までの参事会と市民の関係性に関する全体的な解釈


Anhang I 
Zum Augsburger Steuersystem und der Vermögensberechnung
付録1:アウクスブルクの租税制度と資産額の見積もりについて

Anhang II Verfassungsschemata:
付録2:市制の見取り図
1. Die Augsburger Zunftverfassung 1368 bis 1476
2. Die Augsburger Zunftverfassung 1476 bis 1478/79
3. Die Augsburger Zunftverfassung nach 1479

Anhang III
1. Ankürzungen
2. Quellenverzeichnis
2.1. Archivalien
2.2. Gedruckte Quellen
3. Literaturverzeichnis
付録3:略記、史料(手書き/印刷)・文献目録

Register
索引
*****

本書は全6章(+まとめと充実した付録)から成ります。1章はツンフト市制の基本構造に関する解説。2章は1460年頃のアウクスブルクに関する概説。3章は、1460年から1479年にかけて市内で巻き起こったいくつかの事件(消費税をめぐる騒擾、ツンフト市長シュヴァルツの「市制変革」)を取り上げます。ツンフト市長ウルリヒ・シュヴァルツをめぐる「政治事件」(シュヴァルツの死刑に終わります)については、次の論文が参考になります。

田中俊之「ドイツ中世都市における『公共の福利』理念」『史林』76-6 (1993), とくに、65-69頁

4章は、1480年から1525年にかけての都市アウクスブルクをめぐる予備的考察。5章は、当該時期におけるツンフト内のいくつかの紛争・対立を取り上げます。でも、何と言っても本書の肝は、「1480年から1525年までの参事会政策」と題された第6章にあります。

まず著者は、1480年以降の参事会による執行組織の再編成と拡充の過程を、具体的には都市役人、街路長、見回り人、都市裁判所を取り上げながら描き出します。そのうえで、参事会がその他の社会集団に対してその執行権を確立していく様子を、ひとつはツンフトを事例に、もうひとつは都市門閥が集まる酒房団体を事例に分析していきます。この門閥酒房団体と参事会との(酒房団体の新会員の認可権をめぐる)対立が、本書のハイライトだと思います。とにかく興味深いやりとりが繰り広げられているのです(191-210頁)。この対立のなかで、参事会が論拠として多用するのが、本書のタイトルでもある「共通の利益」なのですが、うーむ、この面白さは、ちょっとうまく伝えられない・・・。どうしよう。まぁ、いっか。いつかこの部分だけでも、どこかに翻訳して紹介したいと思うくらいに面白いのですが、ここはいくつか日本語文献を紹介してお茶を濁そうと思います。

アウクスブルクおよび南ドイツの酒房団体については、以下の文献が参考になります。

相澤隆「ドイツ中世都市における酒房の社会的意義について―南ドイツの仲間団体との関連を中心にして」『歴史学研究』587 (1988), 16-25頁

栂香央里「中近世都市アウクスブルクのメーラー:都市貴族と商人のあいだ」『日本女子大学大学院文学研究科紀要』14 (2007), 85-99頁

斎藤敬之「近世都市ポリツァイ条令に見られる「取締の選別」―アウクスブルクの酒房団体と参事会刑罰官を中心に」『西洋史論叢』32 (2010), 71-85頁

そもそも今回、齋藤敬之くんの論文を読んで、ロッゲの著作を読みなおそうと思ったのです(齋藤くん、いくつか論文で気になる点があるので、時間ができたらまた個人的にメールします)。

それから、近世都市ケルンを事例に参事会と市民とのさまざまなレベルでの政治的コミュニケイションを分析されている高津秀之さんの研究も、本書でロッゲ教授が展開する議論と問題関心をともにしていて参考になるかと思います。ここではひとつだけ文献を挙げておきます。

高津秀之「近世都市ケルンにおける権力構造の変容と1608-1610年の都市騒擾: 「市制概要」とガッフェル条令を史料として」『史観』156 (2007), 39-55頁

文献紹介と言いつつ、また話題がずいぶんとずれてしまいました(悪い癖です)。お詫びとして(!?)、当該テーマに関する最新の研究をひとつ挙げておきます。アウクスブルクも取り上げられているので読んでみないといけません。また機会があったらこのブログでもご紹介いたします。

Maximilian Gloor, Politisches Handeln im spätmittelalterlichen Augsburg, Basel und Straßburg, Heidelberg 2010.
マクシミリアン・グロール『中世後期アウクスブルク、バーゼル、シュトラースブルクにおける政治的行為』
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by schembart | 2011-01-22 00:40 | 文献紹介 | Comments(5)
このところ暖かい日々が続いておりましたが、南ドイツでも今日あたりからまた寒くなりそうな予感です。前にフェーン現象で暖かい登山ができたと書きましたが、その影響から雪解けが進み、先週はドイツの各地で河川の氾濫が相次ぎました。気持ちの良い山歩きができて運が良かったなどと軽率な発言をしてしまい、いまでは反省しております・・・。

さて、今日はシリング先生とキースリング先生との三者面談が行われる予定だったのですが、シリング先生がインフルエンザに罹って休養中との連絡があり、面談は延期と相成りました。仕方ありません。はやく先生の体調が回復しますように。面談の日程はまだ未定ですが、いつになるのかなぁ。また緊張が続きそうです。

緊張の糸が切れてしまわないうちに、アウクスブルク市立文書館での調査を再開させようと意気込んでおります。害虫被害や文書館の移転問題で一年間ほど閉鎖されていた文書館ですが、ようやく再開されることになりました。文書移転の様子は、文書館のホームページに掲載された写真から見ることができます。こちら

帝国都市時代の史料は、フッガー通りにある本館ではなく、AKS出張所(Außenstelle AKS)に移されまして、これから研究者はここで調査をすることになります。ただし、まだまだ臨時再開ですので、この出張所は水曜日だけしか開きません。詳細は、こちら。利用者には事前の予約が義務付けられています。ドイツ語圏以外の研究者は優先的にメールでの事前予約が可能で(ドイツ語圏研究者は電話で予約しないといけません)、その点はとってもありがたい。

さっそく来週の水曜日からぼくも史料調査を再開させようと思います。また文書館で調査ができると思うと、気が引き締まります。部屋に閉じこもってばかりの日々におさらばしなくては。がんばろう。冬本番で、しかもインフルエンザも流行っているようですので、どうぞみなさまご自愛くださいな。
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by schembart | 2011-01-19 20:56 | 研究 | Comments(2)
昨日のなんちゃって登山は、先週も行ったミッテンヴァルト(Mittenwald)の街中散策からはじまりました。午前中でほとんどのお店は閉まってしまうので、山登りの前に買い物を楽しむことに。とっても天気が良く、町を歩いて回るだけでも楽しめます。美味しいチョコレート・ショップ(チョコ・ラーデン)があって、そこでちょっとした贈り物を購入してきました。
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各々に買い物を楽しみ、町中のレストランへ。さっそくぼくは(山登りの前にもかかわらず)ビールと目玉焼き(じゃがいも付き)を注文。光を浴びて輝いています。美しい…。
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遅れを取り戻すべく、一行はロープウェイでカーヴェンデル(Karwendel)の山頂へ。山の上は完全に真っ白です。寒い。山頂付近で歩ける範囲で散策。絶景が広がっています。すばらしい。国境の標示もありました。てっぺんへの登頂は諦めたものの、お月さまと頂上を写真に収めてきました。
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夜はなんちゃって山岳狂会の新年会がありました。車で移動中、夕焼け空があまりに綺麗だったので、途中の湖に立ち寄ることに。うっとりするほど綺麗な夕焼け色。
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新年会では、おでんをはじめ美味しい料理を頂きつつ、それから美味しいビールやワインに酔いしれながら、登山の話やら音楽の話など、わいやわいやと楽しんできました。お腹いっぱいです。気がつくと夜も更け、気分良くアウクスブルクまで戻ってきた次第です。昨日も良い一日でした。
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by schembart | 2011-01-16 22:24 | 登山 | Comments(0)
Paul Warmbrunn, Zwei Konfessionen in einer Stadt. Das Zusammenleben von Katholiken und Protestanten in den paritätischen Reichsstädten Augsburg, Biberach, Ravensburg und Dinkelsbühl von 1548 bis 1648, Wiesbaden 1983.
パウル・ヴァルムブルン『一つの都市に二つの宗派―宗派同権帝国都市アウクスブルク、ビベラッハ、ラーヴェンスブルク、ディンケルスビュールにおけるカトリックとプロテスタントの共生、1548年から1648年まで』

もう三十年近く前の研究ですが、帝国都市における宗派同権(Parität)を考察するうえで常に参照される古典的な著作です。宗教改革後に、市内でカトリックとプロテスタント双方の存在が法的に認められた帝国都市における都市民の法的・経済的・社会的・宗教生活的状況を、南ドイツの四つの都市(アウクスブルク、ビベラッハ、ラーヴェンスブルク、ディンケルスビュール)を事例に論じていきます。宗教的寛容や異宗派間の共存・共生をめぐる古くて新しい問題を考える上でも、今もって示唆深い研究であり続けています。以下が目次。

*****
Vorwort
はじめに


I. Einleitung
導入

1. Reichsstädte als Sonderfall in der Konfessionsregelung des Augsburger Religionsfriedens: Koexistenz der Bekenntnisse innerhalb desselben Territoriums
 アウクスブルク宗教平和の宗派規定における特殊事例としての帝国都市:当領域内における諸宗派共存
2. Typen des Zusammenlebens der Konfessionen: Toleranz, Parität, Bürgerliche Gleichberechtigung unter Außerachtlassung von Religionsverschiedenheit
 宗派共生の諸タイプ:寛容、宗派同権、信仰の違いを度外視した市民的同権
3. Auswahlkriterien und Methode
 選択基準と方法
 a) Die Auswahl der Beispielstädte
   事例都市の選択
 b) Untersuchungszeitraum
   研究の時間枠
 c) Fragestellung und Methode
   問題提起と方法

II. Die Beispielstädte
事例都市

1. Quellen- und Literaturlage
 史料および文献状況
2. Vorweginformation zur Sozial-, Verfassungs- und Kirchengeschichte
 社会史・制度史・教会史のための前提情報
3. Der Verlauf der Reformationsgeschichte
 宗教改革の経過
4. Zusammenfassung
 まとめ

III. Die Grundlegung der Bikonfessionalität und Parität in den Jahren 1548 bis 1555
1548年から1555年までの二宗派制と宗派同権の基礎固め

1. Augsburger Interim und Bikonfessionalität
 アウクスブルク仮信条協定と二宗派制
2. Die Wiederherstellung der katholischen Religionsausübung in Augsburg durch den Vertrag am 2. August 1548
 1548年8月2日契約によるアウクスブルクにおけるカトリック信仰の回復
3. Die Verfassungsänderungen Karls V.
 カール5世の制度変革
4. Der gescheiterte Versuch der Wiederherstellung der evangelischen Vorherrschaft im Zuge des Fürstenaufstands von 1552
 1552年の諸侯蜂起における福音派優勢回復への失敗した試み
5. Der Augsburger Religionsfriede als religionsrechtliche Grundlage der Parität in den gemischtkonfessionellen Städten
 混合宗派都市における宗教法的な宗派同権の基盤としてのアウクスブルク宗教平和
6. Zusammenfassung
 まとめ

IV. Die Verfassungsentwicklung: Von der wiedereingeführten Gleichberechtigung der Konfessionen zur numerischen Parität
制度的展開:再採用された諸宗派同権から数上の宗派同権制へ

1. Veränderungen im Zahlenverhältnis der Konfessionen zueinander: Die Vertretung im Rat im Vergleich zum Bevölkerungsanteil
 宗派における数的関係性の変化:住民数との割合から見た市参事会における代表数
2. Die Auswirkungen der Ratszusammensetzung auf die Außen- und Konfessionspolitik des Rates
 市参事会の外交・宗派政策に対する参事会構成の影響
3. Der Kampf der Protestanten um eine bessere Repräsentation in den Ratsgremien - aufgezeigt am Beispiel Biberach
 市参事会団体内におけるより良き構成をめざすプロテスタントの闘い
4. Veränderung der Machtverhältnisse durch die jeweils dominierende Partei im Dreißigjährigen Krieg
 30年戦争期におけるその時々の支配的党派による権力関係の移り変わり
 a) Auswirkungen des Restitutionsedikts von 1629 auf die Stadtverfassungen
  1629年原状回復勅令の市制に対する影響
 b) Die radikale Umkehr der Machtverhältnisse in der Zeit der schwedischen Okkupation
  スウェーデン支配期における権力関係のラディカルな転換
 c) Die erneute katholische Restauration ab 1635 und die Organisation des evangelischen Widerstands dagegen in der Bevölkerung
  1635年以降の新たなカトリック修復と住民のなかにおける福音派の抵抗組織
5. Die Einführung und Durchsetzung der numerischen Parität
 数的同権の導入と貫徹
6. Zusammenfassung
 まとめ

V. Die Ordnung des Kirchenwesens im bikonfessionellen Milieu
二宗派制下における教会組織の秩序

1. Die Wechselbeziehungen zwischen evangelischem Kirchenwesen und altgläubigpatrizischer Stadtobrigkeit, illustriert am Beispiel des Ministeriums und der Kirchenpflege
 福音派教会組織と旧教・門閥都市当局との相互関係、聖務者と教会管理人の事例から
2. Das Simultaneum als Prüfstein für die Toleranzbereitschaft der Konfessionen
 諸宗派の寛容の心構えを測る試金石としての(教会)共同使用権
 a) St. Martin in Biberach
  ビベラッハの聖マルティン教会
 b) Die Karmeliterkirchen in Ravensburg
  ラーヴェンスブルクのカルメル会教会
 c) Nebeneinander von katholischem Kloster und evangelischem Predigthaus in Augsburg: Das Beispiel St. Ulrich
  アウクスブルクにおけるカトリック修道院と福音派の説教堂の併存:聖ウルリッヒ教会の事例
3. Das Auftreten der Jesuiten in Augsburg - Rettung des Katholizismus in der Stadt oder Gefährdung des Zusammenlebens beider Konfessionen?
 アウクスブルクにおけるイエズス会の登場―都市におけるカトリック教会の救助か両宗派共生の危機か?
4. Die Neugründung von Kapuzinerklöstern
 カプチン会修道院の新たな創立
5. Zusammenfassung
 まとめ

VI. Die Auswirkungen der Bikonfessionalität auf das Spannungsfeld zwischen staatlichem und kirchlichem Einfluß: Ehegesetzgebung, Bildungs- und Sozialwesen
国家と教会の緊張関係に対する宗派制の影響:結婚立法、教育、社会福祉

1. Die Ehegerichtsbarkeit
 結婚裁判権
2. Das städtische Bildungswesen im Spannungsfeld zwischen den Konfessionen
 都市の教育組織における諸宗派の緊張関係
3. Soziale Fürsorge
 社会的福祉
 a) Das Almosenamt
  喜捨局
 b) Die Stiftungen für Bildungs- und Wohltätigkeitszwecke in Augsburg
  アウクスブルクにおける教育・慈善目的のための寄進
4. Zusammenfassung
 まとめ

VII. Das konfessionsspezifische Verhalten von Familien der reichsstädtischen Führungsschicht
帝国都市の指導層家族における宗派に特有な振る舞い

1. Die konfessionelle Struktur der reichsstädtischen Führungsschicht
 帝国都市の指導層の宗派構造
2. Konfessionsverschiedene Ehen und Konversionen innerhalb der reichsstädtischen Führungsschicht - untersucht an ausgewählten gemischtkonfessionellen Familien
 帝国都市の指導層内部における異宗派結婚と改宗―混合宗派家族
3. Zusammenfassung
 まとめ

VIII. Der Kalenderstreit als Beispiel für Auseinandersetzungen zwischen den konfessionen und Möglichkeiten zu ihrer Beilegung
諸宗派間の軋轢とその解決可能性の事例としての改暦紛争

1. Augsburg
 アウクスブルク
2. Dinkelsbühl
 ディンケルスビュール
3. Biberach
 ビベラッハ
4. Ravensburg
 ラーヴェンスブルク
5. Zusammenfassung
 まとめ

IX. Zusammenfassung: Möglichkeiten und Grenzen der Realisierung von Toleranz in den bikonfessionell-paritätischen Städten
まとめ:二宗派・宗派同権都市における寛容の実現化の可能性と限界

1. Phasen des Zusammenlebens der Konfessionen
 諸宗派共生の諸段階
2. Die Parität in den Beispielstädten im Vergleich mit anderen Formen der Bikonfessionalität in den Städten und Territorien des Reiches
 事例都市における宗派同権、帝国の諸都市と領邦における二宗派制の別形態との比較
3. Bewertung und Ausblick
 評価と展望

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時間がなくなったので今日はここまで。まだ少し書きたいことがあるので、時間ができたら続きを書きます

帝国都市における宗派同権に関する日本語の研究には、これまでも数回ご紹介してきましたが、次の文献があります。ご関心のある方は、まずこちらから参照してみると良いかと思います。

永田諒一「二信仰派併存体制下アウクスブルクの市民生活」『ドイツ近世の社会と教会―宗教改革と信仰派対立の時代』ミネルヴァ書房、2000年

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当該テーマについて思い浮かぶのは、2007年歴史学研究会大会のこと。ぼく自身も企画・運営に参加させてもらった合同部会のテーマが「生成される宗教的《境界》」というもので、そこでは当該テーマをご専門とする各時代・各地域の専門家に集まっていただき、異なる宗教集団および宗派が互いにいかに他者を認識し、どのように自らの集団との間に境界を築いていったのかについて議論をしてもらいました。趣旨説明はこちら

各論考および討論要旨は『歴史学研究』(833号、2007年増刊号)で読むことができます。

松本宣郎「初期キリスト教の周縁部」
中村妙子「初期十字軍とイスラム勢力-12世紀前半のシリアにおける協定とジハードの検討を中心に-」
草生久嗣「ビザンツ帝国における宗教的《境界》の生成-正教会異端論駁書を題材に-」
踊共二「近世ヨーロッパの諸宗派とユダヤ教」
合同部会討論要旨(栂香央里)

石渡巧・櫻井康人・坂本宏・蝶野立彦各氏による報告批判は、『歴史学研究』(835号、2007年12月号)に掲載されています。

個人的な思い出をちょっと。趣旨説明の文責がぼくになっていますが、それは当時の企画運営グループのなかでぼくが一番の下っ端で時間的に余裕があっただけということです。当時のぼくは、博士課程にあがったばかりの若造(いまもあんまり変わってませんが…)で、ゼミ以外の同世代かちょっと先輩となる研究者のみなさんに囲まれて仕事をするのは、なんとも新鮮で多くのことをそこから学ぶことができたように思います。企画自体も刺激的なテーマで、人選も言うことなし。準備は大変だったけども、良い経験ができたことだし、なにより多くの研究者の方々と知り合いになれたのはありがたいことでした。

文献紹介からずいぶんと逸れちゃいましたが、まあいいか。たまには、ちょっと過去を振り返るのもいいものです。だって、歴史家なんだもの。
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by schembart | 2011-01-12 01:38 | 文献紹介 | Comments(4)
昨日のなんちゃって山岳狂会一行は、ミッテンヴァルトの町(Mittenwald)からホーハー・クランツベルク(Hoher Kranzberg)へ登ってきました。アルプスは運よく(!?)フェーン現象で青空が広がり、なんとも暖かい一日となりました。山の雪も半分くらい溶けてしまい、アルプスの山々はほんのつかの間、本来の緑を取り戻したかのようでした。

朝には真っ白な雲がかかっていた空も、お昼あたりから風が雲を吹き飛ばしてしまい、どんどん青空が広がっていきます。風が吹くと冷えるものの、気温も穏やかで暖かでした。
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結構な坂道を登り切り、無人の山小屋でお昼休憩をゆっくりとります。疲れも十分にとれ、風景も存分に味わった後は、雪山を下って、凍ったラウター湖(Lautersee)へ。午後は完全に雲ひとつない青空に。ミッテンヴァルまでてこてこ歩きます。
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アルプスの山々の谷間に位置する小さな町ミッテンヴァルトは、バイオリン作りで有名な綺麗なところ。昔からイタリアとアルプス以北のヨーロッパをつなぐ重要な交易中継地でした。羊毛取引でも有名です。ぼくもつい羊毛じゅうたんを買ってしまいました。手触りが最高。気持ち良い。良い買い物ができました^^
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by schembart | 2011-01-09 23:09 | 登山 | Comments(2)

三王礼拝と受難劇

1月6日は三王礼拝の祝日(Dreikönigstag)、なんちゃって山岳隊はオーバーアマガウ(Oberammergau)のコフェル山(Kofel)に登ってきました。クリスマスとお正月でお休みしていたので、ひさびさの雪山登山。はりきって出発。

10年に一度のキリスト受難劇(Passionsspiele)で有名なオーバーアマガウ。敬虔なカトリック教徒の小さな町に相応しく、山を登り始めてすぐにマリア様の彫像が現れます。しかも、つららに包まれて、なんだかとっても幻想的。
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バイエルンのマッターホルン(!?)とも呼ばれるコフェル山の頂上目指して登り始めます。
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岩山の上にはカモシカ(Gemse)が、見えるかなぁ。格好良い。
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頂上付近からはオーバーアマガウの町が一望できます。いい眺め。受難劇の会場も見えます。
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ようやく頂上へ。さすがオーバーアマガウ、磔刑の十字架が。眺めも最高です。
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頂上で昼食。小川が凍ってたり、でっかいつららがあったり、雪山独特の景色を楽しみながら下山。
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途中の山小屋でアップルパイを食べました。美味しかったぁ。
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帰りは秋に行ったエッタール修道院(Kloster Ettal)に再び行ってきました。夕暮れのエッタール。美しい。
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エッタール修道院の隣にあるチーズ工場兼販売店(ブッターミルヒが美味)に寄ってヨーグルトを買い、夕食はいつものイタリアン・レストランに行きました。美味しかったぁ。
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by schembart | 2011-01-07 19:35 | 登山 | Comments(2)