中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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モグラの生活

みなさまハロー。

気がついたらもう2月も終わりかけ。ぼくにしては珍しく、あまり日記を書いておりませんでした。風邪をひいてたわけじゃありません。嘘日記だけでなく、普段の日記も書けなくなってしまったのか、とご心配いただいたみなさま、どうかご安心を。もともと大した日記じゃございません。

キースリング先生、シリング先生との次の三者面談に向け、なんとか光明を見出そうと、モグラのようにただただ地面を掘り続けております。深く息を吸い込んで、行けるとこまで行ってみよう、とそんな気分です。もうちょっと潜ってみないといけません。ごつごつした岩場で、掘り進めるのも大変だけども。きっと知らないうちに、夜空には流れ星がたくさん流れてるのだと思うけど、それはそれ。流れ星を夢に見ながらも、ただただ地面を掘り進めるのがいまのぼくのおしごとです。

それと同時に、来月のES研での報告準備も進めております。こちらも頑張らないと。

それでは、また。
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by schembart | 2011-02-28 18:25 | 留学生活 | Comments(0)

嘘日記

川上弘美さんの『椰子・椰子』(新潮文庫)という本には、なんとも素敵なちいさな物語がたくさん盛り込まれています。ミクシイの川上さんコミュニティ上では、この『椰子・椰子』にあやかって、嘘日記を書き集めようというささやかながらもココロオドル企画が、もう4年も前から細々と続けられおります。ちょっと前に、ついにみんなの嘘日記も1000話を数えることとなりました。ささやかながらも、なんともココロオドルひとつの達成だと思います。

この頃はあまり書いておりませんが、じつはぼくも以前は気分が向いたときに嘘日記を書かせてもらっておりました。嘘日記。久々に書いてみようかしらと思ったけども、なかなか出てこない。嘘もつけない大人になってしまったのかもしれません。残念だけども。

自分で気に入ってるのを選びまして、こちらでもご紹介します。なんとも懐かしい。嘘日記。

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2007年11月18日 晴れのち曇り

日曜日だというのに、太郎はふとんに入ったまま。風邪ぎみなのだという。三郎がやってきて、わたしをデートに誘う。太郎に行ってもいいかと尋ねると、おまえのことはおまえが決めろ、でもおれはおまえにそばにいてもらいたい、という。三郎には申し訳ないけど帰ってもらおうと思い、太郎が風邪をひいてるようなのと伝える。三郎は悲しそうに帰っていった。

太郎はのそのそと布団から起き上がり、よそ行き用の服に着替え始める。風邪はもう治ったの、とたずねると、まだ喉に痛みが残ってるけど今夜は大切な友人とご飯を食べる予定があるのだという。わたしも行っていいかとたずねると、おまえは来ては駄目だ、おれのとても大切な友人との約束なのだから、と断られる。

悲しい気持ちになったまま、こたつに入ってみかんを5つ食べた。とてもあまい。

ふと気がつくと夜になっている。部屋にはわたしひとり。

三郎がまたやってきて、太郎に風邪薬をもってきたという。とてもやさしい三郎。残念だけど太郎はもういってしまったの、と伝えると、三郎はまた悲しそうに帰っていった。

やかんがわたしをよぶ。玄関から吹き入る風が素肌につめたい。
やかんがわたしをよぶ。

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2008年7月5日 はれ

ふと気がつくと、雪がふっている。
はらはら はらはら と。

こんなに天気がいい日に雪なんて、不可思議なことがおこるものですね。

となりを歩くタカシさんが、そうつぶやく。
とはいいつつも、タカシさんはコートにマフラまで。しっかりと着込んでいらっしゃる。

タカシさん、不可思議なんていいつつも、きょう雪が降るってこと御存じだったのではないですか。だって、タカシさんの格好、まるで真冬のようですよ。

わたしのその問いかけに、タカシさんは はらはら はらはら と笑うだけで、それ以上なにも言おうともしないのでした。

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2009年8月12日 月と星がきれいに見える夜

桃から生まれた太郎は、どうしたわけか桃が好きになれませんでした。お爺やお婆はどうしてあんなものをぽんぽんと食べているのかと、いつも不思議がっていました。お爺とお婆のほうにしても、どうして太郎は桃から生まれたというのに桃を好まないのかのう、と二人して夜な夜な語り合っていました。

月日は流れ、太郎は成人となりきれいなお嫁さんをもらい、お爺はそれを見届けたと言わんばかりに亡くなってしまいました。若い夫妻が赤子をもうけると、それを見届けたと言わんばかりに今度はお婆が息を引き取ってしまいました。

またまた月日は流れ、いつしか息子も成人になろうとするころ、太郎はどうしたわけか桃がどうしても食べたくて食べたくて仕方がなくなりました。あら、なんと不思議なことがあろうか、あんだけ嫌がっていたのに、こんなにたくさんの桃を食べてしもうたよ、と今ではすっかり老けてしまった妻も笑うばかりです。ほらほら、もっと食べんさい、もっと食べんさい。

するとどうでしょう。桃を食べていた太郎の様子がどうもおかしいのです。わなわなと震えだしたかと思うと、大きな唸り声をあげながら妻に喰いかかって、ぐしゃぐしゃと噛み砕き、ついにはごくりとやってしまいました。こんなに桃がおいしいものだとは、こんなに桃がおいしいものだとは。

お風呂から上がった息子をみるなり飛びかかり、あれよあれよという間にこれまたぺろり。ああ、こんなに桃がおいしいものだとは、ああこんなに桃がおいしいものだとうああこんなにももがおいしいものだとうはははははは。ががははは、がははははは。

数週間後には、すっかりとひからびて死んでいる太郎が見つかました。太郎の死体には無数のハエとウジ虫がたかっていたと言われています。

桃から生まれた桃太郎。桃から生まれた桃太郎は、桃が大好きだったのです。

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2009年8月20日 

満天の星空の下、モグラは眠い目をこすりながら流れ星を待った。

モグラには、どうしても叶えたい願いがあった。流れ星に願い事をすれば叶うと教えてくれたのは、昨年に亡くなった彼のお母さんだった。モグラはお母さんのその言葉を心から信じていた。モグラはお母さんの言うことをいつもどんなことでも信じた。

けどもその夜、星が流れることはなかった。

モグラはそのことを嘆き悲しんだ。モグラにはどうしても叶えたい願いごとがあったのだ。涙を拭きながらモグラは、この世の中には自分の手にはどうしようもならない物事があることを知った。モグラはくやしかった。ほんとうにくやしかった。夜はもう明けようとしていた。くやしさに震えながら、モグラは涙を拭いた。

そして夜は明けた。

悔しさを胸に抱いて、モグラはじぶんの足元の土をがりがりと掘り始めた。がりがりと深く深く堀りつづけた。目をつむり、一心不乱に土を掘り進めた。モグラには、穴を掘ることしかできなかった。くやしさが消えることはなかったが、モグラは深く深く穴を掘りつづけた。掘ることしか、今のモグラにはできなった。

次の日には、夜空をたくさんの星が流れた。

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2010年3月31日

卒業式で錦蛇さんから祝辞の御言葉をいただいた。

「おいおい、そこのお前さん、そんな顔してどうした始末、おいおいおいおい、お前さん、そんな面してどこ行くの、明日は明日の松ぼっくり、明日は明日でニシキヘビ、そこのけここどけお酒くれ、いやいや言ったら埒あかない、いったいぜんたい松ぼっくり、痛いの痛いの飛んで行け、雲の上まで飛んでいけ、明日は明日の松ぼっくり、こんがらがったらさようなら、祭りの前にがっついて、おいおい、それじゃ行きません、あれやこれやと嘘ついて、嘘か真か飛び魚か、おいおいおいおいお前さん、タカコちゃんにさようなら、しっかり伝えておいてやる、明るい過去と暗い未来、ぐれているうちが天国さ、卒業式で涙して、歩きだしたら止まらない、お前さんの行く末を、あんちゃん死ぬまで見届ける、錦の蛇の血にかけて、死ぬまでしっかり見届ける、よー」

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いつかまた、何にも考えずに嘘日記を書ける日が来るだろうか。
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by schembart | 2011-02-17 03:07 | 思い出 | Comments(2)

塩山見学へ

昨日は雨の降るあいにくな天気だったので、安全第一をモットーとするなんちゃって山岳隊は登山を諦めて、ベルヒテスガーデン(Berchtesgaden)にある岩塩鉱山(Salzbergwerk)の社会見学へ行ってきました。雨降りにも関わらず、家族連れやカップルで大いににぎわっておりました。作業衣に身を包み、トロッコに乗り込んで穴の中へ。内部は写真撮影が固く(!?)禁じられているので、大人しく作業員兼案内役のおじちゃんについて、塩山の仕組みを勉強してきました。地底湖が光り輝いて、とっても神秘的。

地上に戻った一行。子供用の作業衣に身を包んだお子様たちがかわいかったです。
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その後、国王の湖ケーニヒスゼー(Königssee)へ。夏には観光客で賑わうそうですが、いまは湖も凍ってしまい、とっても静か。氷上を歩いたりコケたりしてる鴨さんの姿を見ながら、のんびりとお散歩してきました。
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お散歩の後、ご飯を食べにラームザウ(Ramsau)の村へ。ここは、絵葉書のように美しい聖セバスチャン教区教会(Pfarrkirche St. Sebastian)で有名です(実際にカレンダーや絵葉書のモチーフになっております)。こじんまりとした教会で、なんとも心落ち着きます。
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教区教会の隣にある小さな村のレストランで晩御飯。素朴で、ぼくは大好きな味でした。
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by schembart | 2011-02-13 23:22 | 登山 | Comments(0)

三者面談

先日、キースリング先生、シリング先生と三者面談をしてきました。一時間ほど。緊張しちゃいましたが、がっつりと今後の研究の方向性についてお話してきました。オーバーゼミナールの話はほどほどに、今後の研究計画と具体的な史料分析の進め方がメインの話題に。なかなか骨のある面談となりました。

史料の渦に飲まれて溺れていたぼくには、このタイミングでお二人のコメントを頂けたのは、なんともありがたいかぎり。史料分析に関して、具体的な課題をいただきました。今月は集中してその課題に取り組む予定です。ありがたいことに、来月また三者面談をしてもらえることに。細かい話で、しかも、まだぼく自身でもうまく整理できてませんが、以下に備忘録として昨日の議論を記しておこうと思います。自分のために。読み飛ばしてください。

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ニュルンベルクとアウクスブルクにおける史料の残存状況の差異について。残っている史料の性格が両都市ではずいぶんと違う。ニュルンベルクは、市参事会が発布した森林条令や布告などの規範史料、および都市森林局における細かな取り決めを記した一種の議事録(Verlassbuch)が大量に残されている一方で、市内での木材取引を明らかにできるような会計簿などは残されていない(キースリング先生に、「本当にないのか?」と質問されて、どきんとしちゃいました。これも、まだぼくが知らないだけかもしれません…。とりあえず、いままでのぼくの調査では、という限定付き)。アウクスブルクは、木材条令などの規範史料は僅かしか残っていないけども、その一方で、森林書記による詳細な会計簿などの経済史的な史資料が大量に残されている。だから、同じ種類の史料を駆使するといったレベルでの比較分析には無理がある。実際の分析においては、アウクスブルクとニュルンベルクでは、異なった分析手法でもって考察を進める必要がでてきます。

むしろ重要になるのは、史料の残存状況の違いそのものの意味を問い直すこと。その違いは、おそらく、当時の両都市の森林との関わり方の違いが反映されているわけです。広大な都市支配領域を形成し、そのなかに帝国森林という一種の都市林を所有していたニュルンベルクでは、森林はなにより支配・統治の対象として認識されていた。それに対し、市外に支配領域をもたないアウクスブルクでは、支配の対象としての森林は問題とはならず、いかに木材を都市に供給するか、という実際的な問いこそが重要であった。そのため、会計簿などの経済史料が多く残存する結果となった。史料状況の構造の違いを明らかにすることは、そのまま、当時の都市・森林関係の構造的な相違を明らかにすることにつながる。

各都市の具体的な分析について。ここからが今後の課題。まずアウクスブルクの会計簿の分析について。全部に目を通して、出費・支出の長期的な変遷過程を明らかにするのは、たしかに意味のあることだけれども、それだけでは、史料の持つ可能性をつぶしてしまう。もったいない。それよりも、都市の森林政策の変遷を如実に語るような「具体例」を見つけだし、その詳細な分析を通じて、全体の変遷過程を語らしめる。今月の課題はこれ。来月の三者面談で方向性を聞いてもらう予定。ああ、頑張らないと…。正直、まだ見通しもない。

アウクスブルクに関しては、森林書記の会計簿以外にも重要な史料があるが、それも上記の課題を片づけてから。

ニュルンベルクの事例について。これも、大きな問題が山積みだけど、アウクスブルクの史料分析の後に取り組む予定。
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具体的な課題が山積みです。現在、ぼくも期限付きの奨学金をいただいている以上、いつまでもこの状況で研究を続けていくことはできません。研究計画が重要となってきます。もちろん三者面談でもそれが中心的な話題に。これについては、ちょっと個人的な話になるので、ここには詳細は書きません。時間の余裕はない、というのが三人の共通認識。どうにかしないと。

大きな壁を設定してもらったので、なんとか這いあがらないといけません。ああ、なんだかまた良くわかんない日記となってしまいました。いつか、ちゃんと論文という形で成果を発表できるよう、がんばらないといけません。あと、3月の報告の準備もしなくちゃ。オーバーゼミナールも昨日で終わったので、これで晴れてぼくも春休み。史料の渦の中へ。行ってきます。
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by schembart | 2011-02-10 20:09 | 研究 | Comments(10)
ミュンヘンのベック社(C.H.Beck)から、新しい歴史書シリーズが刊行されています。『ヨーロッパの歴史』全10巻。詳細は、こちら。まだ半分が未刊行ですが、各巻の著者を見る限り、なかなか充実した一般向けシリーズとなっております。ペーパーバックでお値段も15ユーロ弱。貧乏学生にも優しい素晴らしい企画です。ベック社の回し者ではありませんが、以下に各巻の題名だけご紹介いたします。

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Hartmut Leppin: Das Erbe der Antike, München 2010.
ハルトムート・レッピン『古代の遺産』

Rudolf Schieffer: Christianisierung und Reichsbildungen. Europa 800-1200.
ルドルフ・シーファー『キリスト教化と帝国形成:ヨーロッパ800~1200年』(未刊)

Bernd Schneidmüller: Grenzerfahrung und monarchische Ordnung. Europa 1200-1500, München 2011.
ベルント・シュナイトミュラー『境界の経験と君主制秩序:ヨーロッパ1200~1500年』

Luise Schorn-Schütte: Konfessionskriege und europäische Expansion. Europa 1500-1648, München 2010.
ルイーゼ・ショルン=シュッテ『宗派戦争とヨーロッパの拡張:ヨーロッパ1500~1648年』

Gerrit Walther: Staatenkonkurrenz und Vernunft. Europa 1648-1789, München 2010.
ゲリット・ヴァルター『諸国家の競合と理性:ヨーロッパ1648~1789年』

Andreas Fahrmeir: Revolutionen und Reformen. Europa 1789-1850.
アンドレアス・ファールマイア『革命と改革:ヨーロッパ1789~1850年』(未刊)

Johannes Paulmann: Globale Vorherrschaft und Fortschrittsglaube. Europa 1850-1914.
ヨハネス・パウルマン『グローバル覇権と進歩に対する確信:ヨーロッパ1850~1914年』(未刊)

Lutz Raphael: Imperiale Gewalt und mobilisierte Nation. Europa 1914-1945.
ルッツ・ラファエル『帝国の暴力と戦時体制国家:ヨーロッパ1914~1945年』(未刊)

Hartmut Kaelble: Kalter Krieg und Wohlfahrtsstaat. Europa 1945-1989, München 2011.
ハルトムート・ケルブル『冷戦と福祉国家:ヨーロッパ1945~1989年』

Andreas Wirsching: Demokratie und Globalisierung. Europa seit 1989.
アンドレアス・ヴィルシング『民主制とグローバル化:ヨーロッパ1989年以降』(未刊)

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古代、近現代については分かりませんが、中世~近世にかけては、シーファー、シュナイトミュラー、ショルン=シュッテと、いずれも第一線で大活躍する歴史家の名前が並んでおります。きっと他の巻の著者もそれぞれの分野では有名な歴史家なのだと思います(ちなみに、1989年以降を担当するヴィルシング教授はアウクスブルク大学の先生です!!)。研究室や図書館にはもちろんこと、お手頃価格なので、お気に入りの巻だけでも、みなさま、どうぞご購入をご検討ください(しつこいですが、ベック社の回し者ではありません)。

ぼくもショルン=シュッテ『宗派戦争とヨーロッパの拡張』を本屋さんで見つけて、衝動的に買ってしまいました。あとは、シュナイトミュラーの巻も買わないと。読むのはいつになるかわかりませんが…。
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by schembart | 2011-02-08 03:09 | 文献紹介 | Comments(2)

雪山を登る

昨日のなんちゃって山岳狂会は、ラーバー(Laber)登頂を目指しました。天気も良く、いつもほど寒くない。青空が広がっています。絶好の登山日和。
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ただし、まだまだ山にはたくさんの雪が。気合を入れて上を目指して歩き始めます。行く手には心臓破りの坂も。雪をかき分けかき分け、時間をかけながらじっくりと前に進みます。普段は使わない筋肉たちが悲鳴を上げています。それもまた気持ち良い。
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登るにつれ雪も深くなっていきます。眼下にはオーバーアマガウの町が。
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苦労して頂上付近まで到達。ただし、頂上付近の移動は危険と判断したなんちゃって山岳隊、おとなしく引き返すことに。だけども、そこからの風景だけで大満足です。
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帰り途は、下り道。よくこんな道を登ったものだ、と自分たちで感嘆しながらとことこ下ります。夕暮れがとっても綺麗でした。日も暮れ出し、暗くなりはじめるたので、なんちゃってランプを装備するなんちゃって隊員たち。気分はなんちゃって探検隊です。
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気持ちの良い疲労を感じながら、今回の晩御飯はインド料理レストランへ。初チャレンジ。ぼくはタンドリーチキンを注文。疲れた身体には、なんとも美味しく、他のメンバーのカレーなどをもらいつつ、たくさん食べちゃいました。久しぶりに筋肉痛になりそうな、そんな登山となりました。
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by schembart | 2011-02-06 20:34 | 登山 | Comments(0)

研究会のお知らせ

3月末からまた一時帰国をする予定ですが、ES研(「教会と社会」研究会―中近世のヨーロッパ―)でこれまでの研究成果の一部を口頭報告させてもらうことになりました。ホームページはこちら。当ブログでも宣伝させてもらおうと思います。

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ES研3月例会(第31回研究会)

日時:2011年3月26日(土) 午後3時~6時
会場:早稲田大学戸山キャンパス39号館5階第五会議室

報告者:渡邉裕一
題目:「16世紀アウクスブルクにおける貧民への木材供与―市参事会による救貧政策の一側面」

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研究会の設立当初から可能な限り参加させてもらい、そのつどいろいろと勉強させてもらっているES研ですが、そこで報告させてもらえるのは、なんとも嬉しい限りです。恥ずかしい発表にならないよう頑張らないといけません。春休みは報告の準備に勤しもう。

今回は、16世紀アウクスブルクにおける貧民への木材供与を取り上げる予定です。その分析を通じて、都市への木材供給だけではなく、市内における木材の再分配にも目を向けることが可能となるだろうと思うわけです。まだまだ考察中のテーマですので、いろいろとコメントを頂ければ嬉しく思います。

ちなみに、16世紀アウクスブルクの救貧政策については、以前にこちらで紹介しましたクラーゼンの論文が有益な情報をたくさん提供してくれます。報告でも大いに参照させてもらう予定ですが、ご関心のある方はこちらもどうぞ。願わくば、都市の救貧政策をめぐる豊富な研究史にも、なんらかの寄与ができるような報告にしたいと思っております。がんばろう。
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by schembart | 2011-02-02 05:06 | 研究 | Comments(9)