中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

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Schembartlauf/Synopse
シェンバルトラウフ概要


ウィキペディアコモンズ上で、シェンバルトラウフに関する画像がたくさん公開されています。見てるだけで楽しいですね。作成者は、アンドレアス・プレッケ(Andreas Praefcke)さんという方みたい、こちら

修士論文を書いた時には、文献を集めるだけで大変だったけど、それも今では懐かしい。ずっと眺めていたいけど、今は時間がないから、とりあえずご紹介だけ。また時間を見つけて眺めてみようと思います。

シェンバルトラウフについては、以下の拙稿をご参照くだされば幸いです。

渡邉裕一「中世後期ニュルンベルクにおける謝肉祭慣行とその変容―15~16世紀のシェンバルトラウフを例に(特集:中・近世ヨーロッパにおける統治権力と民衆―共同体のダイナミズム)」『西洋史論叢』第28号、早稲田大学西洋史研究会、2006年12月、113-125頁
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by schembart | 2011-03-24 20:36 | サイト紹介 | Comments(4)
Yuichi Watanabe, Die Erfindung der „Holzersparungskunst“ als Maßnahme gegen die „Holznot“ im 16. Jahrhundert. Ein historisches Energiespar-Projekt? in: 4. Deutsch-japanisch-koreanisches Stipendiatenseminar (11. Treffen von DAAD-Stipendiaten), 12. und 13. Juli 2010: Veröffentlichungen des Japanisch-Deutschen Zentrums Berlin Bd. 61 (2011), S. 224-233.
16世紀における「木材不足」対策としての「薪節約術」の発明―歴史上の省エネ計画?

昨年7月にベルリンで開催された第4回日独韓奨学生セミナーの報告集が刊行されました。当日の様子は、こちら。数頁足らずの短い小論ですが、ぼくにとっては初めてのドイツ語刊行物ですので、無事に刊行されて嬉しい限りです。

PDFはこちらから。ドイツ語を勉強されている皆様でご関心のある方、時間のある時にでも目を通してもらえたら嬉しいです。

「歴史上の省エネ計画?」と副題にありますが、計画停電や節電で揺れる今の日本の状況にも、ちょっとだけ関連してくるかもしれません。あるいは、原発事故後のエネルギー政策を考える上でも。もちろん、現代の状況と簡単に比較することなどできませんが、物事を歴史的に考えてみる、そのきっかけくらいにはなるかもしれません。「こんな切迫した状況でなにを呑気な!」というご批判は当然あるかと思いますが、そういった批判に曝されることこそ、歴史研究者の仕事であるように思います。それはそうと、「限られたエネルギー資源をいかに節約して利用していくか?」という問いそのものは、近代以前のヨーロッパであれ、現代の日本であれ、人々が集団で暮らす場所では、ずっと変わらずに重要な問題であったわけです。

とはいっても実は、先立って刊行された「16世紀後半における薪節約術の発明とその社会背景」のほうが、この問題についてはより突っ込んで議論をしておりますので、ご関心のある方はそちらをご参照いただければと思います。こちらも、お読みいただけた方で、コメント・ご批判など頂ければ、これまた嬉しい限りです。今後の研究の励みにもなります。どうぞよろしくお願いします。
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by schembart | 2011-03-22 23:57 | 研究 | Comments(2)

研究会中止のご案内

先週来、日本からのニュースをずっと見続けております。たまらなく悲しくなったり、絶対に大丈夫、と必要以上に前向きになってみたり、絶望してみたり、から元気になってみたりと、そんな不安定な日々を過ごしておりました。情けないけれど。現場にいれば、また違ったように感じていたと思います。なによりも、被災されたみなさまに、心からお見舞いを申し上げたいと思います。まだまだ辛い時期は続くと思うけど、みなさんがそれを乗り切って行かれることを、心から願っております。

こうした事態を受け、来週末に予定されていましたES研での研究会報告は中止となりましたので、このブログでもご案内いたします。研究会のホームページは、こちら。残念ではありますが、事情を考えると仕方ありません。はからずも今回、災害時における燃料の重要性、被災されたみなさんへの支援物資配給の難しさなど、切迫とした問題がいくつも明らかになりました。歴史を学ぶ者として、そういった問題を歴史的に考察する重要性を改めて思い知った次第です。今回報告しようと思っていた内容も、もっと突っ込んで考察を深めていかなくてはいけません。

なお、来週半ばからの一時帰国は予定通りに行いたいと思っております。
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by schembart | 2011-03-18 17:53 | 研究 | Comments(4)
Alexander Berners Erkundungen über das Armenwesen in Nürnberg, Augsburg, Ulm, Memmingen, Isny, Lindau, St. Gallen, Konstanz, Zürich, Basel, in der Markgrafschaft Baden, in Württemberg, in Schwäbisch-Gmünd, Dinkelsbühl und Onolsbach (Ansbach) [1531], in: Otto Winckelmann, Das Fürsorgewesen der Stadt Straßburg vor und nach der Reformation bis zum Ausgang des sechzehnten Jahrhunderts, Leipzig 1922, Nr. 204, S. 266-283. (Vgl. auch Übersetzung von Rolf Müller, in: Christoph Sachße/Florian Tennstedt (Hg.), Jahrbuch der Sozialarbeit 4, Hamburg 1981, S. 69-88)
「アレクサンダー・ベルナーの救貧制度調査報告記」(1531年)

シュトラースブルク(ストラスブール)の喜捨補佐官(Diakon)アレクサンダー・ベルナーが1531年に行った救貧制度調査旅行の報告記。対象となるのは南ドイツの主要都市、ニュルンベルク、アウクスブルク、ウルム、メミンゲン、イズニー、リンダウ、ザンクト・ガレン、コンスタンツ、チューリヒ、バーゼル、バーデン辺境伯領、ヴュルテンベルク、シュヴェービッシュ・グミュント、ディンケルスビュール、アンスバッハとなります。南ドイツ諸都市で1520年代に展開した救貧制度改革の成果と失敗の程度を示す興味深い史料となっています。

著者のベルナーはキッシンゲン(Kissingen)出身。製本業を営むかたわら、シュトラースブルク市民の娘と結婚し、当市の市民権を得ます。1528年に都市喜捨局の下僕となり、1530年に、新たに創設された喜捨補佐官の職に就きました。当時の喜捨局管理官ルーカス・ハックフルト(Lukas Hackfurth)の命を受け、ベルナーは南ドイツ各都市の救貧制度を調査して回ることになります。

今月末のES研の研究報告に向けて、アウクスブルクに関するベルナーの調査報告記を読んだのですが、これがなかなか面白い。「アウクスブルクでは非常に良く喜捨が行われている(Augspurg hat ein zimlich schon almusen)」と報告記は始まります。都市の救貧制度だけでなく、フッガー家の有名な福祉施設フッゲライについても触れ、次のように感想を述べています。「私は、これこそフッガー家が行った行為のなかでも、最も良き仕事であると思う。聖アンナ教会にある大理石の礼拝堂は、むろん10倍の費用がかかっているだろうが、誰の役に立っているというのか?(ich gloub, das es vast der besten werk eins sei, das der Fucker je geton hat. die marmelsteinin capell zu sant Annen kost freilich zehenmal mer, aber wem ist si nutz?)」

このベルナー、有名な神秘思想主義者カスパル・シュヴェンクフェルト(Caspar Schwenckfeld; 1489/90-1561)の熱心な信奉者で、1535年には、そのためにシュトラースブルクを追い出されてもいます。上記の救貧制度調査報告記に、彼の信仰上の立場がいかに反映しているかどうか、研究上も議論があるところ。それにしても、南ドイツにおけるシュヴェンクフェルトの影響力は、なかなかなものだったみたいです(例えば、アウクスブルクでも)。

ベルナーの『カスパル・シュヴェンクフェルトのための弁明』(1552年)はウェブ上でも見られます。
Veranthwortung für Herr Caspar Schwenckfelden, vnd andere mitbekenner der glorien Christi, dreier artickel halben, deren sie gantz vnbedechtig von ettlichen Evangelischen Predigern wider offentlich vnnd bewüszte warhait beschuldiget werden. Vnd nemlich das Schwenckfeld weder den dienst der Christlichen Kirchen, Prediget, Sacrament, etc. noch auch die menschait an Christo mit seiner lere vnnd sonst, keines wegs hinneme, auffhebe noch veleuegkne, Sonder mit der heiligen Schrifft, Christlich dauon halte, schreibe vnd lere. Alexander Berner.

ちなみに、上記の救貧制度調査報告記については、以下の論文が参考になります。

Hartung, Wolfgang: Armut und Fürsorge: eine Herausforderung der Stadtgesellschaft im Übergang vom Spätmittelalter zur Frühen Neuzeit, in: J. Jahn et al (Hg.), Oberdeutsche Städte im Vergleich. Mittelalter und Frühe Neuzeit, Sigmaringendorf 1989, S. 158-181.
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by schembart | 2011-03-06 19:48 | 文献紹介 | Comments(0)

文書館で研究すること

今日は朝からネット配信された西洋中世学会の若手セミナー「文書館で西洋中世研究」を(途中からでしたが)見ました。日本で開催される研究会がドイツで見られるなんて、すごい。尽力されたみなさま、お疲れ様でした。ぼく自身の経験とも重ね合わせて、良い刺激をもらうことができました。ラウンドテーブルでどういう議論がなされたのかとっても気になりますが、仕方がありません。

歴史家が論文を書く時、たいていはクールに史料を扱っておりますので、実際に文書館で史料を手にする歴史家の姿を想像するのは難しいかもしれません。他の方がどうやって文書館で仕事されているか、その経験をじっくり聞く機会はあまりないので、ただお話を聞くだけでもとても興味深かったです。それに、データ処理の仕方などもご紹介されてて、とっても勉強になりました。データ処理、まったくうまくできてないや・・・。改めて考え直さないと。

気がついたら3月。でも、春はまだまだです。
来週にはまた三者面談が待っているから、気を緩めずにがんばろう。
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by schembart | 2011-03-05 02:39 | 留学生活 | Comments(0)