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2017年4月から福岡大学人文学部歴史学科で西洋史を担当してます。


by schembart

海辺のカフカ Kafka am Strand.

村上春樹『海辺のカフカ』のドイツ語訳を読み終えました。

Haruki Murakami, Kafka am Strand. Aus dem Japanischen von Ursula Gräfe, 9. Aufl. btb Verlag, München 2006.

日本語で読み返した後なので、内容を楽しむというよりも、むしろドイツ語に慣れようという簡単な気持ちで読みはじめたのですが、ところがどっこい、やっぱりとても面白くてどっぷりとはまってしまいました。ドイツ語でも、物語にどんどん引き込まれていくあの感覚は、存分に味わうことができました。

翻訳者のGräfeさんは、村上春樹さんのほかにも、井上靖や大江健三郎なんかのドイツ語訳も手掛けており、現在もっとも活躍中の日本語→ドイツ語翻訳者です。気になるところでは、ぼくも大好きな川上弘美さんの小説も翻訳されております。本屋さんには、『センセイの鞄』と『中野商店』(これは最近でたばかり)のドイツ語版が並んでいます。まだハード・カバーなので、文庫化されたら手に取りたいなと思ってます。川上さんの短編も(ぼくは短編のほうが好きなのですが)、ぜひドイツ語で読んでみたいなぁ。

さて、カフカですが、結局一カ月くらいかけてのんびりと読み進めたのですが、そのぶんじっくりと物語のなかに入り込めたように感じました。最後にカフカくんがほほ笑んだ時には、たまらなく嬉しく感じたものです。ナカタさんと星野くんの、翻訳で雰囲気がちゃんと伝わるのかどうかすこし不安でもあった、あの掛け合いも、充分に楽しめました。

細かな点で、原本と違ったところがあって気がついたのは、ナカタさんの名前が「ナカタサトル」ではなくて「Toru Nakata」となっているところ。ナカタさんがジョニー・ウォーカーを殺害してゴマを救出し、コイズミさん宅に送り届け、その足で向かった交番の警官に自白する場面です。たんなる間違いなのか、あるいは日本語版では、たとえば初版ではナカタトオルだったのでしょうか? どちらにせよ、ナカタさんはナカタさんであることには違いはありません。(ドイツ語版231頁)

もうひとつは、これはGräfeさんのミスだと思うのですが、第8章のアメリカ陸軍による塚山教授に対するインタビューのなかで、教授が記憶の「喪失」と記憶の「欠落」の違いを説明する場面です。

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(前略)
これは記憶の「喪失」というよりは、むしろ「欠落」というに近いものです。これは専門的な用語ではなく、今便宜的に使っているだけですが、「喪失」と「欠落」とのあいだには大きな違いがあります。簡単に説明しますと、そうですね、連結して線路の上を走っている貨物列車を想像してみてください。その中の一両から積み荷がなくなっている。中身だけがない空っぽの貨車が「喪失」です。中身だけではなく、貨車自体がすっぽりなくなってしまうのが「欠落」です。

村上春樹『海辺のカフカ』(上)、新潮文庫、128頁。
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ドイツ語訳だと、「喪失Verlust」と「欠落Ausfall」が途中で入れ替わってしまってまして、空っぽの貨車が「欠落」で、貨車自体がすっぽりとなくなってしまうのが「喪失」である、というふうになっています。翻訳ってほんとうに難しいですね。(ドイツ語版89頁)

なにはともあれ、とても良い読書体験となりました。研究生活も本番を迎えましたので、こうやって腰を落ち着かせて大好きな小説を読みふけるということも少なくなるかもしれません(ならないかもしれません)。でも、手元には、村上さんの長編『ねじまき鳥クロニクル』(全3巻)が! ドイツ語訳もあるし(ただしこちらは、英語版からの重訳であるようです。うーむ)。暇を見つけては、読み進めたいと思います。
by schembart | 2009-10-05 16:29 | 読書