中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

文献紹介『社会の知と農村の世界』

Schunka, Alexander: Soziales Wissen und dörfliche Welt. Herrschaft, Jagd und Naturwahrnehmung in Zeugenaussagen des Reichskammergerichts aus Nordschwaben (16.–17. Jahrhundert), Frankfurt a. M. 2000.
『社会の知と農村の世界:北シュヴァーベン出身農民の帝室裁判所での証人供述に見る支配、狩猟、自然認識(16~17世紀)』

著者のアレクサンダー・シュンカ氏は、現在エアフルト大学の若手教授を務める新進気鋭の近世史家。1972年生まれ。こちら。現在は移民や改宗の歴史を重点的に研究されているようですが、その関心の幅はものすごく広い。

本書『社会の知と農村の世界』は、シュンカ氏がミュンヘン大学に提出した修士論文(!!)がもとになっています。指導教授はW.シュルツェ(Prof. Dr. Winfried Schulze)。すごいなぁ。以下が目次。

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Einleitung
はじめに

1. Reichskammergericht und Zeugenaussagen
 帝室裁判所と証人供述
1.1. Kameralprozeß und Zeugenverhör
   帝室裁判訴訟と証人審問
1.2. Zeugen im Verhör
   審問を受ける証人

2. Herrschaft und dörfliche Welt
 支配と農村世界
2.1. Herrschaftsverhältnisse in Nordschwaben: das Nördlinger Ries
   北シュヴァーベンにおける支配関係:ネルトリンガー・リース
2.2. Herrschaft über Untertanen - Untertanen über ihre Herrschaft
   臣民に対する支配―支配に対する臣民
2.3. Das Dorf und seine Bewohner
   農村とその住民
2.3.1. Schichtung
     階層
2.3.2. Abhängigkeiten und Abgaben - Reichtum und Besitz
     従属と貢租―富と所有
2.3.3. Nachbarschaft und Informationsaustausch
     近隣関係と情報交換
2.4. Menschen im Dorf
   村の人々
2.4.1. Namen und Spitznamen
     名前とニックネーム
2.4.2. Der Rahmen des Lebens: Einblicke in Biographien und Mobilität, Zeitvorstellungen und Erinnerung
     生活の枠組み:ある生涯、移動、時間認識と記憶

3. Jagd und Wald
 狩猟と森林
3.1. Jagd in der Frühen Neuzeit: einleitende Bemerkungen
   近世における狩猟:手引き
3.2. Der Wald als Hoheits- und Nutzungsraum
   高権・使用空間としての森林
3.3. Jagd- und Forstordnungswesen und die Verwaltung des Waldes
   狩猟・森林統制条令と森林の管理
3.4. Jagd und Landeshoheit
   狩猟と領邦高権
3.5. Jagd und Wald in Nordschwaben
   北シュヴァーベンにおける狩猟と森林
3.6. Streitfälle aus Reichskammergerichtsakten
   帝室裁判所記録に見る訴訟ケース

4. Jagd, Natur und Herrschaft - das Wissen der Zeugen
 狩猟、自然、支配―証人の知
4.1. Jägerkarrieren
   狩猟家のキャリア
4.2. Jagddienste und Jagddienstleistende
   狩猟従者と狩猟従者の服務
4.3. Öffentliche und Geheime Jagd
   公的な狩猟、秘密の狩猟
4.4. Der Raum der Jagd
   狩猟の空間
4.5. Essen als Sinnstiftung
   意味づけとしての食事
4.6. Hirsch und Wolf: Wildtiere zwischen Herren und Untertanen
   鹿と狼:支配者と臣民のあいだの野獣たち
4.7. Herrschaft im Wald - Herrschaft über den Wald
   森林における支配―森林に対する支配
4.7.1. Jagdkonflikte
     狩猟係争
4.7.2. Holznutzung
     木材利用
4.7.3. Das Geäckerich
     家畜放牧
4.7.4. Exkurs: Dorf, Wald und religiöse Praxis
     閑話休題:農村、森林、そして宗教的実践
4.8. Natur der Bauern - Natur der Herren
   農民の自然―支配者の自然

Schlußbetrachtung
おわりに

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本書のねらいは、支配者の「狩猟」という行為を、農村住民の視点から読み解くことにあります。史料は、帝室裁判所の証人供述記録に現れる農民たちの証言。「はじめに」で著者は、この「農民の証言」を史料として扱うことの意義を明らかにします。「エゴ・ドキュメント(Ego-Dokumente)」という概念を用いつつ、証言の「行間を(zwischen den Zeilen)」「筆跡に逆らって(gegen den Strich)」を読むことの重要性が説かれます。

第1章では、帝室裁判所における訴訟の過程を概観し、証人供述という史料の成り立ちを明らかにします。隣り合う支配者同士間で狩猟や森林境界をめぐるトラブルが起こり、それが帝室裁判所に係争として持ち込まれると、特任委員が現地まで赴いて、当地の農民やら下級森林・狩猟役人から証人供述・調書を取りました。そして、あれやこれやと農民たちに質問をぶつけたわけです。「永久なる記憶(Ewigen Gedächtnis)」に基づいた証言の有効性など、とっても興味深い。

第2章では、舞台となる北シュヴァーベン農村の支配関係、経済関係、社会関係、農村における貧富の差、それからそこでの「知のあり方」まで、いわゆる当時の農村の日常生活を再構築することが目指されます。しかし、その実際を明らかにするというよりも、証人供述を史料にすることで、むしろ農民や住民たちが、みずからの生活や支配関係について何を知っていて、あるいはどう感じているか、その認識のあり方自体に著者の関心は向けられています。興味深いのは、農民たちの多くが、自分がだれの臣民であるのか、その裁判領主、あるいは土地領主がだれであるのか、そういった情報について正確には把握していなかった、という点です(S. 56f.)。北シュヴァーベンがとりわけ支配関係のあいまいな地域であったこともありますし、この当時、ドイツの他地域ではまさに領邦国家の形成途中だったこともあり、そのあおりを受けて、当地でも支配権力の交代や配置換えが活発に行われていたわけです。ぼくもまだまだ整理できておりませんが…。

とくに森林は、支配関係があいまい・重層的で、さまざまな権利・権限の在処が不明のままでした。そんななか支配者間でとくに問題となったのが、狩猟権や森林利用権であったわけです。狩猟は、ただ貴族のお遊びであっただけではなく、その支配権を目に見える形で顕示するための一種の支配の道具でもあったと言われます。狩猟は、重要な支配行為のひとつであったわけです。そういった理由で、第3章では、狩猟と森林が詳細に取り上げられます。

第4章は、さらに前述の農民たちの証人供述を史料に、しかも支配者間の狩猟や境界争いをめぐる係争から知りうる農民たちの「知のありかた=社会の知」を再構成していきます。当時の人々が抱く自然認識(支配者のそれ、農民のそれ)にも話題はおよびます…。

そんな本書ですが、いちおう最後まで目を通したものの、残念ながらまだうまく消化できておりません。法制史や社会経済史の蓄積だけではなく、日常生活史や歴史人類学、あるいは環境史や自然認識の歴史、史料論など、シュンカが用いる概念は非常に幅広く、しかも綺麗に整理されているとは思うのですが、いまのぼくには手に余ります。それに、ぼく自身が北シュヴァーベン地域の歴史的な背景をいまいち把握し切れていないというところが、いちばんの問題です。これは、いちおうバイエルン・シュヴァーベン地域史学科の博士候補生という立場にあるぼくにとっては、概念云々よりも重大な問題で、ちょっぴりへこんでしまいます。だって、ほんとうにややこしいのだもの…。

ともあれ、刺激的な読書となりました(また読みなおさないと…)。ちなみに、シュンカ氏のデビュー論文は、ニュルンベルク周辺地を舞台に、都市ニュルンベルクとブランデンブルク辺境伯との係争を証人供述を史料に論じたもので、シュンカ史の研究視角を知りたい方にはお勧めです。

Schunka, Alexander: Verbrechen, Strafe, Obrigkeit. Zeugenaussagen aus dem Nürnberger Landgebiet, in: Zeitschrift für historische Forschung 26 (1999), S. 323-348.
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by schembart | 2010-09-02 20:05 | 文献紹介