中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

史料調査の再開

今日からアウクスブルク市立(臨時)文書館で史料調査を再開いたしました。2009年暮れから数えて一年とちょっと。ようやくアウクスブルクの文書にもアクセスできるようになったので、雪の降る中、朝早くから意気込んでAKS出張所(Außenstelle AKS)まで行ってきました。

水曜日だけの制限付き再開。しかも、AKS出張所の閲覧室には、6人分しか席が用意されていません。事前予約が必要なのももっともです。でも、前にも書きましたが、ドイツ語圏以外からの研究者には、優先的にメールでの予約が認められているので、本当にありがたい。この優遇措置を享受しているのは、いまのところぼくだけみたいですので、なんだか恐縮しつつも、これからもありがたく利用させてもらうつもりです。

久しぶりに文書館員のみなさんに会えたのが、なんだかとっても嬉しかったです。「また来ましたね」と、温かく迎えてもらいました。ただし、ぼくが事前に注文していた段ボールは、まだ整理中で、2・3カ月後にならないと見られないらしいことが判明。順番に整理しているみたいだから、まぁ仕方がありません。その代わりに文書館員さんが渡してくれたのが、この移転期間中に新たに作成された「(史料探索のための)目録(Findemittel)」です。

「食糧管理局(Proviantamt)」の文書は、ずっとこれまで整理されていない状態でしたので、研究者が扱うのはとっても難しい代物でした。例えば、ベルント・レック教授もその博士論文『アウクスブルクのパン屋、パン、穀物』において、食糧管理局が都市の穀物供給に対して決定的に重要な役割を果たしたにもかかわらず、「(史料の未整理のために)この研究では、食糧管理局の文書群を体系的に扱うことは適わなかった」と述べています(35頁)。その食糧管理局の文書・帳簿の類が、この度の害虫被害・移転問題にともなって、体系的に整理し直され、「目録」にまとめられたというわけです。

そのなかに、ぼくの研究にとっても重要となりそうな史料がたくさん見つかりました。例えば、「森林書記の年間会計簿(Jahresrechnung des Waldschreibers)」は、1555年から1607年まで、欠落を含みつつも、40冊近くが帳簿として現存しているようです。それから「森林書記の月間会計簿(Monatsrechnung des Waldschreiber)」も20冊ほど。そのほかに、「筏流し帳簿(Floßleutebücher)」も。これらほぼすべてが、これまで歴史家による十分な分析を受けずに眠っていたわけです。これは、ぼくが勝手に言っているわけではなく、文書を整理し「目録」を作成した文書館員さんがそう記しているのです。

さて、どうするか…。なによりもまず手にとって中身を確認しないことには何とも言えませんが、今日、試しに注文して一冊だけ見せてもらった感じだと、ずいぶんと使えそうな代物です。これまで、史料がないから数量的な分析は難しい、などと言ってお茶を濁していたけれど、それは間違った認識だったのです。「史料がない」というのは、そう簡単に歴史家が口にするべき言葉ではないのでしょう。大方、知らないだけなのです。反省。おそらく、かなりの量のデータを集めて、分析することができそうな予感です。さて、どうするか…。史料が大量にある、というのは考えてみると、幸せな悩みではあるけれど、本当にぼくが扱えるような代物だろうか…。さて、どうするか…。できる限り、やってみるしかありません。この史料群をちゃんと使いこなせたら、誰が何と言おうと、ぼくは自信を持って社会経済史家を名乗ります。そういう仕事は、何と言っても、評価に値すると思うから。でも、どうなることやら…。史料の渦に飲み込まれそうな時には、もういちど立ち止まって、自分の問題意識をはっきりさせることが重要なのだろう。きっと。

本当はこんなブログなんて書いてないで、ただひたすらに史料を読み込んで、論文として発表するのが、なによりもカッコイイのだろうなぁ。まぁ、史料調査は再開したばかりだし、どうしたって水曜日にしか史料には触れられないのです。じっくり考えてみようと思います。
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by schembart | 2011-01-27 04:04 | 研究