中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

嘘日記

川上弘美さんの『椰子・椰子』(新潮文庫)という本には、なんとも素敵なちいさな物語がたくさん盛り込まれています。ミクシイの川上さんコミュニティ上では、この『椰子・椰子』にあやかって、嘘日記を書き集めようというささやかながらもココロオドル企画が、もう4年も前から細々と続けられおります。ちょっと前に、ついにみんなの嘘日記も1000話を数えることとなりました。ささやかながらも、なんともココロオドルひとつの達成だと思います。

この頃はあまり書いておりませんが、じつはぼくも以前は気分が向いたときに嘘日記を書かせてもらっておりました。嘘日記。久々に書いてみようかしらと思ったけども、なかなか出てこない。嘘もつけない大人になってしまったのかもしれません。残念だけども。

自分で気に入ってるのを選びまして、こちらでもご紹介します。なんとも懐かしい。嘘日記。

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2007年11月18日 晴れのち曇り

日曜日だというのに、太郎はふとんに入ったまま。風邪ぎみなのだという。三郎がやってきて、わたしをデートに誘う。太郎に行ってもいいかと尋ねると、おまえのことはおまえが決めろ、でもおれはおまえにそばにいてもらいたい、という。三郎には申し訳ないけど帰ってもらおうと思い、太郎が風邪をひいてるようなのと伝える。三郎は悲しそうに帰っていった。

太郎はのそのそと布団から起き上がり、よそ行き用の服に着替え始める。風邪はもう治ったの、とたずねると、まだ喉に痛みが残ってるけど今夜は大切な友人とご飯を食べる予定があるのだという。わたしも行っていいかとたずねると、おまえは来ては駄目だ、おれのとても大切な友人との約束なのだから、と断られる。

悲しい気持ちになったまま、こたつに入ってみかんを5つ食べた。とてもあまい。

ふと気がつくと夜になっている。部屋にはわたしひとり。

三郎がまたやってきて、太郎に風邪薬をもってきたという。とてもやさしい三郎。残念だけど太郎はもういってしまったの、と伝えると、三郎はまた悲しそうに帰っていった。

やかんがわたしをよぶ。玄関から吹き入る風が素肌につめたい。
やかんがわたしをよぶ。

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2008年7月5日 はれ

ふと気がつくと、雪がふっている。
はらはら はらはら と。

こんなに天気がいい日に雪なんて、不可思議なことがおこるものですね。

となりを歩くタカシさんが、そうつぶやく。
とはいいつつも、タカシさんはコートにマフラまで。しっかりと着込んでいらっしゃる。

タカシさん、不可思議なんていいつつも、きょう雪が降るってこと御存じだったのではないですか。だって、タカシさんの格好、まるで真冬のようですよ。

わたしのその問いかけに、タカシさんは はらはら はらはら と笑うだけで、それ以上なにも言おうともしないのでした。

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2009年8月12日 月と星がきれいに見える夜

桃から生まれた太郎は、どうしたわけか桃が好きになれませんでした。お爺やお婆はどうしてあんなものをぽんぽんと食べているのかと、いつも不思議がっていました。お爺とお婆のほうにしても、どうして太郎は桃から生まれたというのに桃を好まないのかのう、と二人して夜な夜な語り合っていました。

月日は流れ、太郎は成人となりきれいなお嫁さんをもらい、お爺はそれを見届けたと言わんばかりに亡くなってしまいました。若い夫妻が赤子をもうけると、それを見届けたと言わんばかりに今度はお婆が息を引き取ってしまいました。

またまた月日は流れ、いつしか息子も成人になろうとするころ、太郎はどうしたわけか桃がどうしても食べたくて食べたくて仕方がなくなりました。あら、なんと不思議なことがあろうか、あんだけ嫌がっていたのに、こんなにたくさんの桃を食べてしもうたよ、と今ではすっかり老けてしまった妻も笑うばかりです。ほらほら、もっと食べんさい、もっと食べんさい。

するとどうでしょう。桃を食べていた太郎の様子がどうもおかしいのです。わなわなと震えだしたかと思うと、大きな唸り声をあげながら妻に喰いかかって、ぐしゃぐしゃと噛み砕き、ついにはごくりとやってしまいました。こんなに桃がおいしいものだとは、こんなに桃がおいしいものだとは。

お風呂から上がった息子をみるなり飛びかかり、あれよあれよという間にこれまたぺろり。ああ、こんなに桃がおいしいものだとは、ああこんなに桃がおいしいものだとうああこんなにももがおいしいものだとうはははははは。ががははは、がははははは。

数週間後には、すっかりとひからびて死んでいる太郎が見つかました。太郎の死体には無数のハエとウジ虫がたかっていたと言われています。

桃から生まれた桃太郎。桃から生まれた桃太郎は、桃が大好きだったのです。

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2009年8月20日 

満天の星空の下、モグラは眠い目をこすりながら流れ星を待った。

モグラには、どうしても叶えたい願いがあった。流れ星に願い事をすれば叶うと教えてくれたのは、昨年に亡くなった彼のお母さんだった。モグラはお母さんのその言葉を心から信じていた。モグラはお母さんの言うことをいつもどんなことでも信じた。

けどもその夜、星が流れることはなかった。

モグラはそのことを嘆き悲しんだ。モグラにはどうしても叶えたい願いごとがあったのだ。涙を拭きながらモグラは、この世の中には自分の手にはどうしようもならない物事があることを知った。モグラはくやしかった。ほんとうにくやしかった。夜はもう明けようとしていた。くやしさに震えながら、モグラは涙を拭いた。

そして夜は明けた。

悔しさを胸に抱いて、モグラはじぶんの足元の土をがりがりと掘り始めた。がりがりと深く深く堀りつづけた。目をつむり、一心不乱に土を掘り進めた。モグラには、穴を掘ることしかできなかった。くやしさが消えることはなかったが、モグラは深く深く穴を掘りつづけた。掘ることしか、今のモグラにはできなった。

次の日には、夜空をたくさんの星が流れた。

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2010年3月31日

卒業式で錦蛇さんから祝辞の御言葉をいただいた。

「おいおい、そこのお前さん、そんな顔してどうした始末、おいおいおいおい、お前さん、そんな面してどこ行くの、明日は明日の松ぼっくり、明日は明日でニシキヘビ、そこのけここどけお酒くれ、いやいや言ったら埒あかない、いったいぜんたい松ぼっくり、痛いの痛いの飛んで行け、雲の上まで飛んでいけ、明日は明日の松ぼっくり、こんがらがったらさようなら、祭りの前にがっついて、おいおい、それじゃ行きません、あれやこれやと嘘ついて、嘘か真か飛び魚か、おいおいおいおいお前さん、タカコちゃんにさようなら、しっかり伝えておいてやる、明るい過去と暗い未来、ぐれているうちが天国さ、卒業式で涙して、歩きだしたら止まらない、お前さんの行く末を、あんちゃん死ぬまで見届ける、錦の蛇の血にかけて、死ぬまでしっかり見届ける、よー」

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いつかまた、何にも考えずに嘘日記を書ける日が来るだろうか。
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by schembart | 2011-02-17 03:07 | 思い出