中近世ドイツ都市史を研究する渡邉さんの日々 2009年夏からドイツに留学中(2013年9月に帰国しました)


by schembart

カテゴリ:ニュース( 6 )

閉鎖が取りざたされていたアウクスブルク州立・市立図書館(Augsburger Staats- und Stadtbibliothek)でしたが、多くの反対を受けて、とりあえず図書の分散は免れることが決定されました。詳細は、こちら

引き続き州立・市立図書館を援助する団体として、11月から新たな協会が設立されています。ホームページはこちら。講演会なども開催されるようで、機会があったら聞きに行きたいと思います。さっそく、第一回目として、30日に「人食い(Menschenfresser)」に関する面白そうな講演会が開かれるみたいです。こちら

ぼく自身は、市立文書館の移転問題の時とは異なり、直接に州立・市立図書館で調査したことがなかったので、今回はホームページなどで成り行きを見守るに留まりましたが(文書館の時は、市長あてに手紙を出しました)、良い結果となってなんとも嬉しい限り。市の財政状況は相変わらず芳しくはないようですが、なにはともあれです。

ちなみに、市立文書館の移転問題と文書館利用の再開については、先日、文書館の館長から利用者に宛ててメールが送られてきまして、作業の遅延から、予定よりも少し遅れて、来年(2011年)1月から制限付きで文書館利用が再開されることになりそうです。結局、1年間ほど使えなかったわけですが、ともあれ、またアウクスブルクの古文書と向き合えるようになるのが楽しみです。
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by schembart | 2010-11-15 07:05 | ニュース
ミュンヘンのKさんから情報をいただき(ありがとうございます)、ぼくも初めて知ったのですが、アウクスブルク州立・市立図書館(Augsburger Staats- und Stadtbibliothek)が閉鎖の危機に直面しているようです。財政問題がその理由みたい。閉鎖反対サイトも開設され、ここ数日メディアでも取り上げられています。ちょっとまだ詳しいことは分かりませんが、いくつかのサイトだけ以下に紹介しておきます。

封鎖反対サイト(新聞記事へのリンク付き)

アウクスブルク大学のニュースサイト

アウクスブルク州立・市立図書館にはとくに近世の印刷物が豊富に所蔵されており、ぼく自身はまだ研究で利用したことはありませんが、年代記などの叙述史料を扱った研究や近世の文学研究では、ここの史料が頻繁に利用されております。これまでの経緯や今後の展開など、詳細については追々またこのブログでも紹介したいと思っております。

昨年の市立文書館の害虫被害および移転問題(こちらこちらを参照)に続き、またまたアウクスブルクの文書館/図書館がこのようなかたちで注目されることになるとは…。
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by schembart | 2010-10-14 15:59 | ニュース
昨年の暮からアウクスブルク市立文書館にある古文書の本格的な害虫駆除の措置が始まりました。アウクスブルク新聞(Augsburger Allgemeine)にいくつかニュース記事も出てますので、ご紹介いたします。

害虫駆除の具体的な様子は、こちら

もうひとつは、こちら

後者の方だけ、以下に意訳してお届けいたします。

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「害虫の圧力」

世界中の研究者がアウクスブルク市立文書館の文書に関心を抱いている。帝国自由都市とかつて権勢を誇ったアウクスブルクの豪商たちの歴史は、今でもかけがえのない研究の素材を秘めている。

アウクスブルクのなかでさえ、市立文書館とその所蔵史料の保存は長期にわたって信じられないほどにおろそかにされてきた。都市の資金が注ぎ込まれたのは、いつだって一般受けする企画であった。ようやく今年、アウクスブルクの忘れられた記憶が一般に意識されるようになった。所蔵史料の害虫被害は甚大で、ついに資金が投じられ、対策を講じなくてはならなくなったのである。もし人が望むならば、ジンサンシバンムシがそのための幸運の女神となることも可能なのだ。文書の救援は始まった。次の措置として、2013年までの移転が続くべきである。さらなる時間の損失がおこるようなことがあれば、それは無責任の仕業である。

2009年12月29日、アウクスブルク新聞
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アウクスブルク市立文書館の害虫被害と移転計画については、こちらこちら、あるいはこちらも。

害虫駆除の経過について、また記事を見つけましたら、こちらでも紹介していきたいと思います。しばらくの間アウクスブルクの史料調査はできませんが、仕方がありません。事態が良い方向へ向かうことを祈るばかりです。
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by schembart | 2010-01-04 18:34 | ニュース
アウクスブルク市立文書館に関するニュース記事を見つけました。

指導教授のR.キースリング先生のコメントも載っておりまして、しかも、少し照れくさいのですが「日本からの研究者」としてぼくのこともほんのちょっぴり言及されています。でも、アウクスブルク市立文書館が世界中の研究者から注目されているということのひとつの証左となり、それがほんの少しでも都市当局の文書館対策に影響を及ぼし得るとしたら、それはぼくにとっても本当に嬉しいことであります。良い方向へ事態が展開することを祈るのみです。

ちっちゃくですが、害虫被害にあった史料の写真も載っています。

こちら。以下に意訳にてご紹介します。

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「ジンサンシバンムシがアウクスブルク市立文書館の史資料を食いつぶす」

小さい大食漢がアウクスブルク市立文書館を食いつぶす。その正体は、たったの3ミリメートルのジンサンシバンムシ。『害虫図鑑』には、「貯蔵物を食いつぶす雑食昆虫」と記されている。数ヶ月前から、この雑食昆虫が特別な意味をもつ貯蔵物を食い荒らしている。文書館に保管された歴史的に価値深い史料である。全世界からの研究者が愕然としている。

「実際、その影響は甚大です」、アウクスブルクの研究者で歴史学の教授でもあるロルフ・キースリング氏はそう語ってくれた。彼は市立文書館後援会の所長も務めている。キースリング氏によると、現在世界中から数多くの研究者たちが市立文書館でさまざまな研究に取り組んでいるという。そのなかには日本人の研究者もいて、彼はある交換プログラムの一環でアウクスブルクの森林政策に関する博士論文を準備しているとのことだ。

被害のほどは甚大で、文書館1階フロア全体が17℃まで温度を下げられることとなった。12月23日から市立文書館の大部分の史資料は、10ヵ月間ほど使用することができなくなる。その間、これらの史資料は、ジンサンシバンムシを退治するため窒素加工された特別な部屋に置かれることとなる。早くて2010年9月には、証書、公文書、事務記録などの古文書へのアクセスは再開される見込みである。

アウクスブルク市立文書館は世界中の注目を集めてきた。ここには、2000年以上の歴史を持つ帝国都市アウクスブルクの750,000点におよぶ史資料が保管されている。そのうちのおよそ半数が補修されなくてはならない状態にある。

市立文書館の指導陣とともにキースリング氏は、すでに数年前から約束されているように市立文書館の予防措置を施された梳毛紡績工場跡地への移転がついに実現されるよう強く願っている。というのも、害虫駆除を施した史資料をこれまでの文書館の場所―問題の発生源である市場のすぐわきに位置している―へと戻すことはあまりにも危険であると専門家は指摘しているからだ。

「そこ(市場)からジンサンシバンムシは、何度も何度も私たちのもとへとやってくるのです」、文書館長代理であるケルスティン・レンガー氏はそう語る。彼女の説明によれば、数百年前の本の表紙は小麦澱粉の覆いでカバーされており、それがジンサンシバンムシを引き付けるとのことだ。

現在、市立文書館の1階に所蔵されているおよそ2、5キロメートルにも及ぶ文書類がジンサンシバンムシの被害にあっている。そのため、1806年以前のすべての文書がクリスマスには窒素室へと移され、そこでおよそ8週間、窒素処理をされる予定である。実際に2013年までに新しい文書館への引っ越しが可能となるかどうか、良く知られている乏しい都市財政のために、アウクスブルクの多くの人は疑念を抱いている。しかし、研究者にとっては、それはどうしても必要なことである。レンガー氏の話では、現在およそ200件の研究計画が進行中であり、およそ50名の研究者たちが古文書を使った研究を行っているということだ。

アウクスブルクddp、2009年12月15日火曜日
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記事の中では12月23日からアクセスができなくなるとありますが、これは何かの間違いで、明日はまだ文書館は開いております。でも明日が文書館で研究できるとりあえず最後の日となります。最後の悪あがきをしてこようと思います。がんばろう。
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by schembart | 2009-12-23 04:27 | ニュース
アウクスブルク市立文書館後援会による決議文が公表されました

この夏の文書の害虫被害だけではなく、すでに数年前から計画されていた「文書館移転」の遅延問題の早期の解決などを都市当局に強く求めた内容となっております。特別にアウクスブルクに関心のない方にも、ドイツにおける歴史家と文書館、それに都市自治体とが現在どういった関係にあるのか(もっと言ってしまえば、研究者と政府と市民の関係)、そのひとつの事例としてお読みいただければと思い、以下にその決議文を意訳してお届けいたします。原文は、こちら

1984年に都市生誕2000周年をお祝いして記念論文集『都市アウクスブルクの歴史』が刊行されたときと比べると、その関係の在り方も、ずいぶんと変わってしまったように感じます。

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決議文
「アウクスブルク市立文書館後援会」は、2009年11月24日に開催された定期集会において、以下の決議文を満場一致で可決した:

アウクスブルクの市立文書館は、ドイツ語圏における最も重要な文書館のひとつに数えられる。ケルンの不幸なあの事故がわれわれに教えてくれるのは、アウクスブルクの「文化的記憶」を脅かすさまざまな危機に対して、しっかりとした対応策がすぐにでも講じられなくてはならないということである。現在のフッガー通りから梳毛紡績工場の跡地へのアウクスブルク市立文書館の移転を決定した2003年7月24日の都市参事会の基本決議は、その後行き詰まり、今でも暗礁に乗り上げたままである。2009年に発覚した害虫被害が状況をより厳しくさせ、都市による帝国都市時代の史資料の一時的な疎開と適切な処置がどうしても必要となっている。しかし、目下の財政審議では、移転計画に必要な資金がただ害虫駆除・措置にのみ投入されかねない恐れがある。そのために、2013年の市立文書館の移転完了という計画が再び疑わしいものとなっている。

そのため後援会は、都市アウクスブルクが公的機関として都市文書の保護と保存という重要な課題を全うし、以下の措置を取るよう要求する:

1.なによりも必要なのは、市立文書館のために新たな空間を確保することである。ぞんざいな遅延によってかけがえのない文化財を損なうような危険を冒さないためにも、猶予は許されない。予定されている2013年の移転完了のためには、2010年度予算のなかに構想プランのために必要な資金が組み込まれなくてはならない。それについては、2008年7月31日に都市参事会によりすでに決議されている。

2.緊急対策としての帝国都市時代の史資料の一時的な疎開が、目下の差し迫った危機に対する唯一の可能性である。しかし、長期にわたる研究の停止を招かないためには、少なくとも2010年9月には利用者に対して史料へのアクセスが再開されなくてはならない。日本からアメリカ合衆国までの全世界の研究者、そしてとくにアウクスブルク大学の学生たちによる、数多くの史料に支えられた研究プロジェクトが、途中で停止せざるをえないような状況は、なんとしても避けなくてはいけない。さらには、学生による卒業論文、および博士論文や教授資格取得論文といった資格認定論文の遅延に対する法的な措置もまた無視することの出来ない問題となるだろう。いまやすでに6年にもわたって繰り返し議論されてきた市立文書館の援助計画がついには行われずに終わるならば、学問の地アウクスブルクの名声は甚だしく損なわれるに違いない。

3.くわえて、市立文書館はすでに所蔵能力の限界に達している。現在のフッガー通りには技術的にもすでに所蔵場所の余裕はなく、イムホーフ通りにある外部保存場所の所蔵能力もぎりぎりで、来年予定されている文書の一時的な疎開場所として利用することは適わない。

アウクスブルク、2009年11月24日
アウクスブルク市立文書館後援会を代表して、
教授ロルフ・キースリング/教授クリストフ・ベッカー
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by schembart | 2009-12-10 03:49 | ニュース
この夏、アウクスブルク市立文書館の貴重な史・資料がジンサンシバンムシ(人参死番虫, Brotkäfer, Stegobium paniceum)という害虫の被害にあいました。

被害の拡大を避けるため、文書館では現在、害虫駆除の準備を行っています。それにともなって、文書館に所蔵されている数多くの史・資料の大規模な移転を計画中とのこと。文書は2013年に開館予定の新しい文書館へ移転されるみたいです。

そのため、文書館所蔵の帝国都市時代の史・資料は見られなくなってしまいます。昨日、文書館のサイトを見ていて愕然としてしまいました。さっそく腰を落ち着けて文書館での史料調査をはじめようと考えていたところだったのです。サイトを見る限りでは、すでに古文書へのアクセスは制限されているとのことだったのですが、ともあれ文書館に行って様子を聞いてきました。どうもまだ史料を見ることはできそうです。でも12月には完全に見られなくなってしまうとのこと。

歴史研究の要は何と言っても史料分析にあります。史料がなくては、研究もなにもありません。困ったことになりました。

困った困ったばかり言っていてもはじまらないので、明日からはさっそく文書館通いです。手書き文書なので、もちろん解読にはまだまだ時間がかかりますし、どこに何が書かれているのか、それさえも手探りで見つけていかなくてはいけません。コピーをしようにも、情報がどこに眠っているのかも知れないのです。研究の方向性はのちほど考えていくとしても、いまできることは、読めるものを読めるうちに書き写しておくことくらいです。面喰ってしまいましたが、ぼやぼやしている暇はなさそうです。がんばろう。

なによりも害虫から貴重な史資料を守ることが大切なのです。

それにしても、3月に起こったケルン市立歴史文書館の倒壊の痛ましさを思わないわけにはいられません。倒壊から半年が過ぎ、現地では文書館再建場所の目途が立つなどの希望を持てるニュースも耳に入るようになりました。日本でも、文書館再建への救援活動が行われています。詳細はこちら。あるいは、高津秀之「ケルン市立歴史文書館の倒壊について」『歴史学研究』856 (2009年8月), 33-38,58頁、および平松英人・井上周平「ケルン市歴史文書館の崩壊とその後―復興への道筋と「市民アーカイブ」構想―」『歴史評論』714 (2009年10月), 88-97頁をご参照ください。

ぼくも微力ながら署名と募金に協力させてもらいました。募金は年末まで募っているようですので、ご関心のあるかたがいらっしゃいましたら、上のリンクからどうぞ。
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by schembart | 2009-10-08 02:52 | ニュース